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しろありNo.156

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概要

しろありNo.156

( 16 )その解析にも困難を極めた。昨年度になって琉球大学熱帯生物圏研究センターにも次世代シーケンサーである454 GS Jr. が導入され,研究室の博士研究員や学生の皆さんたちの活躍でバラバラだった配列をようやく1本にすることができたのだが,すでに現在では2種類のゴキブリからブラタバクテリウムのゲノム配列が報告されている。結果として,これまでのところ尿酸の分解に関与すると考えられた酵素の遺伝子はいずれのゴキブリの共生細菌からも見つかっておらず,どうやら細菌の役割は当初の予想とは異なっているようであった。 ところで前述のように,私たちの研究室には北條さんと山田さんという二人のシロアリ研究に携わる博士研究員がいる。北條さんは,主にシロアリの化学的防衛機能の発達について研究を行っている。北條さんの研究紹介は過去の本誌12)に掲載されているのでそちらを参照していただくとして,ここでは簡単な概要にとどめる。本号の誌面でこの後紹介されているように,シロアリには物理的な防衛と化学的な防衛を行う種がいる。シロアリによる化学的防衛というとタカサゴシロアリのようなテングシロアリ亜科の兵隊カーストによる防衛行動を想像するが,実はこれに類する形質が大顎による物理的防衛のみを行うと思われていたシロアリの一部にも備わっているようだ。現在,シロアリは特殊化したゴキブリの一グループと考えられているが,防衛カーストという階級は社会性の進化に伴ってゴキブリの中でもシロアリの仲間のみに発達してきた機能であり,さまざまなシロアリで物理的・化学的防衛機能の双方が発達・維持されてきているということは,生態系の中であまり目立たないシロアリと他の生物との間に,実際には何らかの複雑な相互作用が潜在的に存在しているということを示しているのかもしれない。また,化学的防衛機構がシロアリの進化の中でどのように備わってきたかという問題は,昆虫の社会性の進化を考える上でも非常に興味深いし,また害虫防除などの応用的な観点からも何らかの示唆を与えてくれるかもしれない。このように化学的防衛に関する研究は,シロアリに独特な特徴をとらえたユニークな研究であり,今後の展開が大いに期待される研究分野のひとつであるといえるだろう。 山田さんは,主にシロアリの生態学を得意としており,しばしばタイの熱帯雨林などに出かけて調査をしている。また,微生物や分子進化に特化した研究なども行った経歴があり,非常に幅広い研究を展開している。山田さんは過去にも本誌にタイでの研究の話を寄せているし13),文頭で申し上げたように,本号にもこの後沖縄のシロアリ分布について詳しい紹介記事を書いてくれているのでぜひそちらもご参照いただきたい。実は山田さんは2005~2006年にも21世紀COE 研究員として琉球大学に在籍されており,その当時は共同で前述の深海調査研究なども行った3),4)。当時彼が中心になって行ったタイワンシロアリの分布調査に関する話題も過去の本誌に掲載されているので,ぜひご覧いただきたい14)。また,その他にも私たちの研究室の修士課程の学生とシロアリにおけるメタン生成古細菌の獲得と維持に関する研究15)を行うなど,大いに活躍していただいた。その後,一旦彼は母校である京都大学で日本学術振興会(学振)の博士研究員を経たのち,現在再び琉球大学に籍を置いている。最近でも山田さんはヨシノボリやサルモネラなどを用いた手広い研究を行う一方で,幅広い地域のイエシロアリ集団についてミトコンドリアハプロタイプ分析や巣内のハネカクシの有無に基づいたイエシロアリの起源や移入に関する研究を推進している16)。 ちなみに山田さんとの共同研究中に気がついたのだが,実はイエシロアリのミトコンドリアDNA には非常に種内変異が少ないらしい。特によく集団遺伝学的な研究に用いられるCOII や12SrRNA 遺伝子と呼ばれる領域も大変変異が少ないということがわかったので,それではどこか変異が高くてもっと解析に向いている領域がないものかと沖縄島,宮古島,西表島より採集したイエシロアリを用いて,全ミトコンドリアゲノム配列の解読を昨年度の卒論テーマとして行ってみた(図5)17)。その結果,ミトコンドリアゲノムの配列は驚くほどよく保存されており,全長約16,000塩基対のうち,島嶼間で変異が入っていたのはたった6塩基のみであった。このことで何か沖縄のイエシロアリの起源や移入経路について結論めいたことが言えるわけではないのだが,今回イエシロアリミトコンドリアDNA の全長配列が明らかになったことで,一般的に種内でも比較的保存性が低いとされるミトコンドリア調節領域の塩基配列も明らかになり,今後イエシロアリや近縁なシロアリにおける集団遺伝学的な解析を行うにあたって