ブックタイトルしろありNo.161

ページ
5/56

このページは しろありNo.161 の電子ブックに掲載されている5ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

しろありNo.161

2 T e r m i t e J o u r n a l 2 0 1 4 . 1 N o . 1 6 1姿を消していく。結果として畦に植えた有用樹がわずかに残っていくことになる。このような経過はGrandstaffら4)によって詳しく述べられている。 日本人から見ると水田の中や畦に多数の木があるというのには非常な違和感がある。日本では機械化された稲作の各種作業が常態であるから, 効率化を阻む存在と捉えるのが一般であろう。加えて樹木の作る陰は収量に悪影響を及ぼすはずと思うのも当然である。ところが実際に樹冠の下のイネの収量と, 樹冠の外の収量とを比較してみると, 樹冠の下の収量が少なくなる場合もあるが多くの樹木ではほとんど変わりがないという結果となった6)。日射は樹冠によって遮られるから光合成には不利のはずであるが, 中にはかえって樹冠の下の収量の方が勝る例も見られた。農家にそのような経験を尋ねると, タイでもラオスでもイネにとっての良い樹木と悪い樹木という認識があり, とりわけ良いとされる樹種は地域を越えて共通のようである。ラオスの例では良い樹木は落葉が肥料となるほか, 多様な種類の動物が生息してこれらの糞や死骸の落下も多いから, ということがあげられた。そこで樹木別に動物の生息種類をサンプリングして比較してみたところ, イネに良いと言われる樹木では昆虫やクモなどの種類が多く, 悪いという樹木では少ないという傾向が確かに認められた7, 8)。一方悪いといわれる樹木は, ヤニが落ちて他の土が悪くなるから, などの評価がなされていた。ところでこのイネには悪いといわれる樹種は多くがフタバガキ科の木であり, 建材として重要視される種類である。産米林のある農村ではイネの生育や稲作作業の妨害物であるという認識を持ちながらも一方では将来子供が家を建てるときに使う木だから残さねば, といった相矛盾する感情を持って水田の樹木を維持しているということになる。 そのような産米林農村でも特にタイでは, この20年の経済成長に伴って耕耘機やトラクターに加え, コンバインや田植機を使う農家が増えてきた。トラクターの導入は水田樹木, とりわけ田面に残る樹木に決定的な影響を及ぼし, 急速に姿を消している。農家の経済状態も良くなり, 車の所有が増えると同時に道路網の整備が進み, 郊外型ショッピングセンターがどんな田舎町にも開設されるようになって, もはや水田樹木に生活資材を求める必要がなくなってきたという事情もある。村の新築家屋は鉄筋セメント建築が多くなった。このような農村の社会経済状況の変化は, 樹木と同じように水田域に多数存在したシロアリ塚にも同様の運命をもたらしている。2.シロアリ塚の存在と利用 産米林の水田景観の中を注意してみると樹木の根元にシロアリ塚が見られることが多い。シロアリ塚の上の多数の樹木が密生して, 水田に浮かぶ島か古墳のような景観さえ存在する(図3)。ラオス, ビエンチャン近郊の農村で, 水田域に存在するシロアリ塚の数を数えたところヘクタールあたり1.4という数字が得られたが, 実際の分布には偏りがあって比較的古く開かれた水田には少なく, 森に近い新しい水田には非常に多い(図4)。これが森の中に入ると至る所塚だらけといった状況が見られる。 水田の中や畦に塚があると, 周りのイネの生育が非常に盛んとなる。特に前述のイネにとって良い木といわれる樹木(ヤエヤマアオキなど)が塚にあると, この効果は顕著のように思われる(図5)。このようなことから農家は塚の土を肥料に用いる, 塚の上で野菜を育てる, といったことが産米林農村ではよく見られる。以下, 私の経験した事例を地域ごとに述べてみる。2.1 ラオス, ビエンチャン平野の天水田農村 この村は人口約1300人, 255世帯(2005年当時)の規模で, ほとんどの世帯が稲作に従事している。ここでの稲作の方法は東南アジアの内陸部平原地帯で一般的な天水田稲作であり, モンスーン気候下で雨季の雨に水源を依存していて灌漑設備はないので, イネの収量はその年の雨量によって決まるような不安定なものである。収量はヘクタールあたり2t内外で自給的な性格が強い。国の経済規模は小さい上に, 工場などは首都他数都市近辺にしかないが, この村から首都ビエンチャンへは村に数少ないピックアップトラックに乗って土道を延々泥(雨季)か土埃(乾季)まみれで1時間以上はかかるといったことで, 農外収入を得るチャンスは限られていた。このようなことから化学肥料の購入はなるべく少なくて済ませよう, 必要な資材は自然環境から調達しようという経営意識が生まれる。そういう条件ではシロアリ塚の多面的な利用が発達することになるのも必然であったと考えられる。ついでながら1.で述べた樹木とイネとの関係に関する研究結果はこの村の水田で得られたものである。 具体的な利用としてはまず, 水稲作の肥料として水田の耕起前に塚の土が散布されることがあげられる。また塚の上部を削り取って, ハトムギやカボチャの栽培が行われる(図6)。またトウガラシなどの野菜の