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概要

しろありNo.163

Termi te Journal 2015.1 No.163 21シロアリの構造物形成の自己組織化研究:ヤマトシロアリの蟻道建設におけるコロニー特異性京都大学農学研究科昆虫生態学研究室 水元 惟暁1.はじめに 精巧な塚や張り巡らされた地下トンネルのように,シロアリを始めとする社会性昆虫は巨大で複雑な構造物を作り出す。これらは個体サイズと比べた構造物のサイズの巨大さという点で, 自然界で唯一人間の建造物に匹敵するものである。社会性昆虫の建設において, 彼らが用いるメカニズムは, 人間のものとは決定的に異なる。我々人間の場合は, 綿密な設計図が存在し, 全体の状況を参照出来るリーダーによる指示に作業員が従うことで, 建設が進められる。一方, シロアリのような社会性昆虫のコロニーには,指示を出す監督シロアリもいなければ, 設計図もない。また, それぞれの個体は建設における全体の状況を知ることもできない。彼らの建設では, 個々の個体の行動は, 個体の周辺という局所的な範囲から得られる情報と, 各々が持つ単純な規則にのみ基づくにもかかわらず, 個体間の相互作用の結果、全体では秩序だった構造物が形成される1)。これは自己組織化システムと呼ばれている。 Camazene et al.( 2001)での定義によれば,「 自己組織化とは, システム下位レベルを構成している多くの要素間の相互作用にのみ基づいて, システム全体レベルのパターンが創発する過程である。さらに,全体パターンを参照することなしに, そのシステムの要素間で規定している相互関係の規則は, 局所的な情報のみを用い, 実行されている。」とされている。ここでの創発とは, 個々の要素の単なる足し算としては理解できないような, 質的に新しい性質をもたらすプロセスの事である。シロアリの建設行動を例に考えると, システム下位レベルの構成要素は, 建設に参加するワーカーやその材料となる木屑や砂粒などが当たる。ワーカーは, 最近砂粒が取り付けられたところに, さらに砂粒をはりつけようとする。このような単純なルールによる, 個体間の砂粒を介した相互作用積み重ねの結果, 一つ一つの相互作用からは予想できない全体でのパターン, つまり構造物が出来上がる。様々な生物種において, 単純な建設ルールから洗練された構造物が生み出される例が示されてきた1), 2)。しかし, 従来のほとんどの研究は,システムがどのように成り立つかというメカニズムの解明に主眼がおかれ, 構造の種内変異は着目されてこなかった。 実際の社会性昆虫の作り出す構造物は種内においても形や大きさなど, 幅広い変異が見られる。このような変異は, 気温や材料のような環境要因や, コロニーサイズの変化によって引き起こされることが知られてきた3), 4)。しかしながら, 同じ環境, 同じ個体数という条件下で, コロニー間で作られる構造物に違いが見られるかどうか, つまり建設行動にコロニーの個性があるかどうかは分かっていなかった。もし建設行動にコロニーの個性があるならば, 同じコロニーから分けられた複数の集団は, それぞれ建設行動において, 同じような性質を持つというコロニー特異性がみられると考えられる。 多くの地下シロアリがそうであるように, Reticulitermes属のシロアリは複数場所営巣性であり, 複数個所の木材を地下トンネルや地上の蟻道で繋いで摂食, 営巣している。また, Reticulitermes属のシロアリは,元の巣から分けられた集団も蟻道形成を含む集団行動を行うことが知られている。この性質をもつヤマトシロアリは建設行動のコロニー特異性を調べる上で, 理想的な材料であるといえる。 本論文では, Mizumoto and Matsuura 5)において発表されたシロアリの蟻道建設におけるコロニー特異性の検証について紹介する。本研究では, このシロアリの蟻道形成に着目し, 実験を行った。野外から採集した複数のコロニーを, 複数のワーカー集団に分け, それぞれに蟻道建設を行わせた。その結果作られたパターンと, 建設過程をコロニー間で比較することで, 建設行動にコロニー特異性がみられるかどうかを検証した。研究トピックスResearch Topics