ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play

概要

しろありNo.164

Termite Journal 2015.7 No.164 7伝子の機能阻害には, RNA干渉(RNA interference:RNAi)法が有用であり, これもゲノム情報がある場合は行いやすくなる。RNAi法は, RNAがそれと相補的な塩基配列をもつRNAによって分解されるという性質を利用し, mRNAからタンパク質の生成を妨げ, 結果として遺伝子の機能を阻害することができる。殺虫剤候補遺伝子のmRNAと相補的なRNAを生体に注入すれば, その遺伝子の機能阻害をしたときの致死性などを調べることができる。また, 対象生物の培養細胞を作成し, 細胞を標的として相補的なRNAに暴露する方法も場合によっては有効であろう。なお, RNAi法はシロアリにおいても効果があることがすでに示されており12-14), ヤマトシロアリでも解析例がある15, 16)。 RNAi法を用いれば, 新規標的遺伝子の探索と致死性の確認を同時に行うことも可能である。ゲノム情報を利用すれば, 様々な遺伝子のmRNAと相補的な塩基配列をもつRNAを合成することができる。多数の遺伝子にRNAi法を試し, その中から致死性の高い遺伝子を特定して, 標的遺伝子とすることができる。この方法は実際にコクヌストモドキ(Tribolium castaneum)のおいて111個のGタンパク質共役受容体(G proteincoupledreceptors: GPCR)遺伝子に対して行われ,生体アミン受容体や神経ペプチド受容体といったいくつかのGPCRは殺虫剤の標的となりうると結論づけられた17)。 殺虫剤の標的となる候補遺伝子の機能阻害で殺虫効果が認められれば, 殺虫剤開発の次の段階, すなわち標的遺伝子の産物(タンパク質)の3次構造解析, あるいはハイスループットスクリーニング(High-ThroughputScreening: HTS)に進む。タンパク質の3次構造解析とは, X線結晶構造解析や核磁気共鳴(Nuclear MagneticResonance, NMR)解析などによる立体構造の解析である。タンパク質の3次構造が分かれば, そのタンパク質がどのような化学物質と相互作用をしやすいかをコンピューターで予測することができ, 殺虫剤として用いることができる化学物質の候補を選定できる[バーチャルスクリーニング18)]。HTSでは, まず標的遺伝子のタンパク質(あるいは一部のアミノ酸)を合成する。タンパク質のアミノ酸配列はゲノム情報からわかるので, そのタンパク質の合成は容易である。この合成したタンパク質に対して様々な化学物質を反応させ, 殺虫効果が期待できるものを選定する。5.2 遺伝子組換え生物の作成による防除技術開発 遺伝子工学技術の発展によって, ゲノム中の一部の遺伝子を人工遺伝子と入れ替えたり, 破壊したりすることが可能になった。この技術を利用した防除技術の開発も, すでにいくつかの昆虫種で行われている。ここでは遺伝子工学に基づく防除技術開発が特に進展している例として, ハマダラカの研究を紹介する。 ハマダラカは, 病原微生物であるマラリア原虫(Plasmodium spp.)を媒介することで, マラリア感染の原因となる害虫である。マラリアは, 高熱や頭痛, 吐き気などの症状を呈し, 脳症や肺水腫といった合併症も引き起こすこともある深刻な感染症である。マラリアの年間患者数は2億人を超えるといわれ19), 世界保健機関 (WHO) により, HIV /エイズや結核と共に世界三大感染症に指定されている。マラリアの予防にはハマダラカの防除が極めて重要であり, その防除に関する研究が盛んにおこなわれている。2002年にはA.gambiaeのゲノムが解読され20), 同年にマラリア原虫Plasmodium falciparumのゲノム情報も報告された21)。以降, これらのゲノム情報を利用した防除技術の開発が加速している。特にハマダラカでは, 遺伝子導入(トランスジェニック:TG)技術を用いたTG蚊が作製され, 実際に利用されている。 たとえば, エンドヌクレアーゼI-PpoIを導入したTG蚊では, 生殖細胞を作るための減数分裂時にX染色体(性染色体)上の特定領域が選択的に破壊され, 結果としてY染色体をもつ生殖細胞のみが作られる22)。このTG蚊を野外に放ち, 野生の蚊と交配させると, 子虫のほぼすべて(95% 以上)がオスになり, 吸血をするメスはほとんど産生されなくなる。集団内にメスが非常に少なくなるため, 次世代の子の数も顕著に少なくなり, 世代が進むにつれてオスだけが残ることになり,集団は絶滅する。実験個体群を用いると, 約6世代後にはメスの蚊はいなくなった22)。 別の例として, 免疫遺伝子の一つであるrel 2遺伝子を多量に発現するTG蚊23)がある。このTG蚊では抗マラリア原虫作用を持つ免疫因子が強く活性化され, TG蚊内のマラリア原虫が駆逐される。このTG蚊においては完全ではないがほとんどのマラリア原虫が死亡し, マラリア原虫の感染を防ぐことに有効である可能性が示されている。 以上はハマダラカの例であるが, 現在はそのほかにも黄熱病を媒介するネッタイシマカ(Aedes aegypti)24)やチチュウカイミバエ(Ceratitis capitata)25)などにおいても, 防除を目的としてTG虫が作製されている。