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概要

しろありNo.164

Termite Journal 2015.7 No.164 32. ゲノムとはどのようなものか ゲノム情報を用いた防除技術開発について述べる前に, まずはゲノムやそれと関連する事象について解説する。はじめに, ゲノムはからだの設計図と言われるが, 実際にはゲノムがどのように生物の性質を規定しているのかを説明する。次に, ゲノム情報(塩基配列)は個体や種ごとに異なるが, 塩基配列の違いが生じる機構について説明する。なお, 本稿では, ゲノム生物学の全般に万遍なく触れているわけではなく, 後述するゲノム解析や防除技術開発と関連する事柄のみ解説する。ゲノム生物学や遺伝学を基礎から学ぶ場合は, 体系的にまとめられた教科書を読むことをお勧めする。2.1 体の設計図としてのゲノム からだの設計図であるゲノムは, どのように生物の性質の決定に影響するのだろうか。ここではその分子機構について述べる。 ゲノムにはタンパク質を生成するための情報が含まれている。タンパク質は生物の主要な構成物質であり,様々な酵素としても働くため, 生物の性質を特徴づける最も重要な物質の一つである。つまり, タンパク質を生成する情報をもつゲノムは, 生物の性質を決定するのに大きな役割を果たしているのである。以下に,ゲノムからタンパク質が生成される過程をもう少し詳しく説明する。 ゲノムを構成するDNAからタンパク質が生成される過程の最初のステップは“転写”である。転写とは, ゲノムDNAの塩基配列の一部がそれと対応する(“相補的な”)塩基配列をもつRNA(ribonucleic acid:リボ核酸)として写し取られることである。RNAは機能によって様々な種類に分類される。そのうちメッセンショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)は約1.8億個4), またヤマトシロアリ(Reticulitermes speratus)は我々のゲノム解析による推定で9.24億個である(ヤマトシロアリではKoshikawa et al.5)においても別の方法でほぼ同じ推定値が得られている)。仮にヤマトシロアリのゲノムの全塩基配列を1ページあたり1,000文字として打ち出すと, 9万ページ以上の超大作の本になる。生物によってゲノムの構成塩基数は大きく異なるが, ゲノムには膨大な情報が含まれていることがわかる。 ゲノムの全塩基配列を解読することは, 遺伝学のみならず様々な研究分野において有用な情報を提供することになるが, 膨大な費用と労力を要する極めて困難な作業であった。しかし最近になって, 新技術を用いた塩基配列解読装置(次世代シークエンサー)が開発されてから状況は一変した。ゲノム解読に要する費用と労力が劇的に少なくなったのである。 我々は, この次世代シークエンサーを用いてヤマトシロアリのゲノムの約88.3%となる816,465,581塩基の解読に成功した。このゲノム情報は, ヤマトシロアリの様々な基礎生物学的研究を行う上で非常に役立つだけでなく, 防除技術の開発という応用的な研究に用いることもできる。これまでシロアリでは, ネバダオオシロアリ(Zootermopsis nevadensis)とナタールオオキノコシロアリ(Macrotermes natalensis)の2種のゲノム解読が行われた。しかし両種はいずれも家屋害虫ではなく, ゲノムデータは防除の観点からは解析されていない。一方, ゲノム情報を用いた応用研究は, マラリア原虫を媒介するハマダラカ(Anopheles spp.)やチチュウカイミバエ(Ceratitis capitata)などの多数の昆虫で盛んに行われている。家屋害虫であるヤマトシロアリのゲノム解読によって, ようやくシロアリにおいてもゲノム情報を利用した防除技術開発を本格的に進展させる研究基盤ができたと言える。 本稿の目的は, ゲノム生物学に関する基礎とゲノム情報を使った防除技術の開発方法を紹介することで,より多くの方々にゲノム情報を研究開発に利用するきっかけを作り, 今後のシロアリ防除技術の発展を促すことである。最初に, ゲノムに関する基礎的な知見に触れ, 次に, 基礎ならびに応用ゲノム生物学とはどのようなものかを説明する。また, 他の昆虫でのゲノムを利用した防除技術開発の具体例を紹介する。最後に, ヤマトシロアリのゲノム情報をいかに防除に利用するかについて, 具体案を提示する。図1  デオキシリボ核酸(DNA)分子の模式図.塩基はそれぞれ相補的な塩基と結合し, DNAは二本鎖の構造をつくる.D:デオキシリボース, P:リン酸, A:アデニン,T:チミン, G:グアニン, C:シトシン.