ブックタイトルしろありNo.162

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概要

しろありNo.162

24 T e r m i t e J o u r n a l 2 0 1 4 . 7 N o . 1 6 2研究トピックスResearch Topics糸状菌のセルロース分解系における酸化還元酵素の重要性東京農工大学 農学部 環境資源科学科 吉田 誠1. はじめに セルロースの微生物分解メカニズムというと, 読者の多くはセルラーゼによる加水分解反応が頭に浮かぶであろう。これはセルロースの微生物分解を専門にしているような当該研究分野に精通している方でない場合は, 至極当然であろう。なぜならば, セルロースの微生物分解は長らく加水分解反応のみで議論されてきたからである。しかしながら, 近年, 木材腐朽菌や植物腐生菌などに代表される真菌類のセルロース分解系には酸化還元反応が重要な役割を果たすことが明らかとなり, 大きな注目を浴びている。本稿では, 著者の研究室での当該分野における研究例をまじえて, 糸状菌のセルロース分解系における酸化還元反応の役割について概説したい。2. 糸状菌のセルロース分解におけるセロビオース酸化経路の発見 セルロースはD-グルコースがβ-1, 4-グルコシド結合した直鎖状高分子であり, 生物種によるが重合度は数千?数万にも達する巨大な分子である。セルロース分子は植物細胞壁内で遊離した分子鎖として存在するのではなく, 互いの分子鎖が固くパッキングされた形態, すなわちセルロースミクロフィブリルとして存在する。ミクロフィブリル構造は結晶性を呈することから極めて安定性が高く, したがって, 生物が容易に分解することは困難である。 このような難分解性のセルロースを分解可能な生物種のうち, 自然界において最も主要なものの一つが糸状性真菌類(糸状菌類)である。糸状菌は多種多様な分解酵素を菌体外に分泌し, それによってセルロースを単糖もしくはオリゴ糖レベルまで低分子化した後,それを細胞内に取り込み炭素源として利用する。これまでに糸状菌のセルロース分解メカニズムを明らかにしようとする研究は数多く為されてきており, 褐色腐朽菌などの特殊な菌を除いたほとんどの糸状菌類では, セロビオヒドロラーゼやエンドグルカナーゼなどのセルラーゼがセルロースをセロビオースにまで加水分解し, さらにセロビオースはβ-グルコシダーゼ(BGL)によってD-グルコースへと変換された後, 細胞内に取り込まれるといった経路で理解されている。特にセルラーゼの分解メカニズムは, ReeseらによるC 1-Cx説から始まり, エンド-エキソ説, さらにはプロセッシビティという概念の導入といった具合にその理解は深まってきているものの, それらは上述のとおり全て加水分解酵素のみを対象とした議論である。その一方で, セルロース分解に関与する酸化還元反応についての研究も着実に進められてきた。その皮切りとなった報告が1974年にErikssonらにより為された研究である1)。彼らは数種の糸状菌を培養し, その培養液から調整した粗酵素液を用いてセルロースの糖化試験を実施した。その結果, 全ての糸状菌の粗酵素液において, 窒素雰囲気下と比較して, 酸素が存在する場合に糖化率が大きく上昇することを見いだした。このことは, 酸素の存在がセルロース分解を促進する, すなわち, セルロース分解に酸化還元反応が関与することを示唆するものである。また, その過程で, Erikssonらのグループはセルラーゼによるセルロース分解の最終産物であるセロビオースを酸化する酵素を見いだし,さらに複数のグループにより解析が進められた結果,本酵素がFe(III)を含む化合物を極めて効率の良い電子受容体とすることが明らかとなった2, 3)。本酵素はセロビオース脱水素酵素(CDH)と呼ばれており,多糖モノオキシゲナーゼ(後述)などのセルロース分解に関わる酵素が見いだされるまでは, 長らく本酵素がセルロース分解に関与する唯一の酸化還元酵素として見なされてきた。3. セロビオース脱水素酵素のセルロース分解系への位置づけ CDHはフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を含むフラビンドメインと, b型のヘムを含むヘムドメインからなるフラボサイトクロムであり, 様々な糸