ブックタイトルしろありNo.162

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概要

しろありNo.162

Termi te Journal 2014.7 No.162 29研究トピックスResearch Topicsオオシロアリの兵隊特異的な形態形成における前兵隊クチクラの役割北海道大学大学院環境科学院 杉目 康広, 渡邊 大, 三浦 徹1. はじめに 社会性昆虫であるシロアリのコロニーでは, 形態的に分化したカースト間で分業を行い, 各カーストはそれぞれの役割に適した形態を持つ。本研究の対象種であるオオシロアリ Hodotermopsis sjostedti では, 兵隊カースト (soldier) は職蟻カースト (worker) から前兵隊 (presoldier) という発生段階を経て分化し, 外敵に対して攻撃を行うことに特化した強固で巨大な頭部と大顎を発達させる。この間, 二回の脱皮の時に形態が劇的に変化するため, これまで脱皮時の発生過程についてよく研究されてきた1)。一方で, 全てのシロアリ種に共通して, 兵隊分化には前兵隊を経る必要があるため, この時期には兵隊特異的な形態形成のための特別な発生メカニズムが存在すると思われるが, 前兵隊期間での発生については未だ不明な点が多い。 脱皮は成長のための重要なイベントであるが, 実は脱皮から次の脱皮までの期間(脱皮間期, intermolt)もまた成長に寄与することが一部の昆虫においてわかっている。例えば, トノサマバッタ Locusta migratoria では, 硬いクチクラで覆われている脚(後脚)は脱皮時にしか成長しないが, 柔らかいクチクラで覆われた腹部は脱皮時と脱皮間期の両方で成長する2)。脱皮時と脱皮間期での成長を組み合わせることは, 昆虫の複雑な形態を形成するためには重要だと考えられる。本稿ではシロアリにおける兵隊特異的な形態形成時に起こる脱皮間期(前兵隊ステージ)での成長と, それに関連した前兵隊クチクラの役割についての我々の研究を紹介する。 冒頭でも述べたように, 前兵隊は兵隊の一つ前にある発生段階である。前兵隊の形態は兵隊の基本的な構造を持っているが, その体は一見白く柔らかいクチクラに覆われているように見える。そこで我々は, 前兵隊のクチクラは柔軟で弾力性があり, これが兵隊分化過程での劇的な頭部形態の変化に寄与すると仮説を立てた。 本研究ではこの仮説が兵隊分化特異的な現象であることを証明するために, 前兵隊脱皮後と静止脱皮後の成長過程とクチクラの構造を組織形態学的に比較した。静止脱皮とは職蟻から再び職蟻へと脱皮することであり, 自然条件下ではほとんどの職蟻が静止脱皮を行う。脱皮直前の個体は腸の内容物を排出 (ガットパージ) して腹部が白く見えるため, 実験室内で維持しているコロニーからこの個体を確保することで, 静止脱皮直後からの経時的な観察が可能となる。一方前兵隊は, 幼若ホルモン類似体( juvenile hormone analog;JHA) である ピリプロキシフェン(pyriproxifen)を職蟻に投与して, 人為的に前兵隊分化を誘導する手法が本種で確立されているため, 前兵隊脱皮直後からの経時的な観察が可能である。我々は前兵隊脱皮と静止脱皮において, ① 脱皮後の経時的な形態測定, ② 頭部クチクラの表面構造の観察, ③ 頭部クチクラの断面構造の観察を行い, 兵隊特異的な形態形成において前兵隊クチクラの柔軟性が脱皮間期での成長に寄与することを明らかにした。2. 実験方法2. 1. シロアリ 2012年5月に鹿児島県屋久島で採集したオオシロアリ (Hodotermopsis sjostedti) のコロニーを使用した。伐採した巣材をプラスチックコンテナに入れ, 飼育室内を 25℃ の暗条件下にしてコロニーを維持した。餌材として, 湿潤させた松材を月に一度与えた。2. 2. 前兵隊分化の誘導 直径 70mm のガラスシャーレに濾紙を置き, アセトンに溶解させたピリプロキシフェン (Sigma-Aldrich,St. Louis, USA) を 10μg 滴下した。アセトン揮発後に濾紙全体を蒸留水で湿らせ, コロニーから取り出した10頭の職蟻をシャーレに設置した。JHA 処理をした全てのシャーレを 25℃ の暗条件下で維持して毎日観察した。前兵隊脱皮直後の個体を隔離して, 後述する全ての実験に用いた。