agreeable 第59号(令和3年7月号)
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9aagreeable No.59 July 2021/7(やまざき・かずや)建築家、芝浦工業大学システム理工学部環境システム学科特任教授、山嵜一也一級建築士事務所代表。1974年東京都出身。2001年単身渡英。アライズ・アンド・モリソン・アーキテクツにて、ロンドン五輪(招致マスタープラン模型、レガシーマスタープラン、グリントパンクラス地下鉄駅改修計画の設計現場監理などにニッジ公園馬術競技場現場監理)やキングスクロス・セ関わる。2013年1月帰国し事務所設立。個人の設計活動の傍ら、講演、執筆、インタビュー、メディア出演多数。イギリスの成熟社会やロンドン五輪における建築の役割について伝えている。一級建築士。女子美術大学な働き方』(KADOKAWA)『そのまま使える建築英非常勤講師。著書『イギリス人の、割り切ってシンプル語表現』(学芸出版社)コロナ禍で「TOKYO」を印象付けられた者の反応は芳しくなかったと話します。 「実際の建物もレガシーとしての価値がもちろんあるのですが、SDGs(持続可能な開発)が世界の潮流となっている現在、既存の建物の利用や仮設建築物での競技開催にこそレガシーの意義を強く感じています。それは自分がロンドンで仮設の馬術競技場の現場監理に携わったことでより強く心に刻まれているのかもしれません。馬術競技場はスタジアムのつくり方にとても良いアイディアを取り入れることで、ロンドンの街並みを世界にうまく発信していました。それを東京でもぜひ参考にしてもらいたいと言い続けてきましたが、残念ながら伝わりませんでした」アイデアというのは、シティプロモーシ     をつくると同時に、観客席の一角を開放すョンの観点から生まれたもので、グリニッジ・パークという世界遺産の好立地に会場ることで、そこに都市の街並みを「借景」という格好ではめこみ、競技とともに自然な形で見せるという試みです。全世界に放映されるテレビというメディアをパーフェクトに生かしたアイデアで、いまであれば、SNSによる観客の動画や写真も同時に世界中を駆け巡るでしょう。ビーチバレーボール会場もバッキンガム宮殿や首相官邸に近いロンドン中心地に仮設でつくられ、一段の低層の観客席の背景が、歴史的建造物や大観覧車が見える風景画のような趣きになりました。 「馬術競技やビーチバレーボール競技というどちらかと言えばまだマイナーな種目が、こうしたロンドン中心地に街並みとともに世界に映し出されることで、競技そのものへの関心も高まりました。仮設だからこそ大胆なことができるんです。こうした話を講演などですると、ロンドンのビーチバレーボール会場のスライドを見て、ああ、ここに行ったという関係者がいるのですが、せっかく見ているのに会場の大胆な発想に気づいていないんですね。日本での仮設は、簡単に安くできるという意味合いが強すぎて、ロンドンのような発想が生まれないですね。お台場に使われていない場所があるのでそこを会場にという発想はちょっと残念です。仮設ですから、ロンドンの例に習えば明治神宮、上野公園、新宿御苑、日比谷公園などを競技会場にしてもいいわけです。ロンドンも中心部で開くということで首相官邸裏などのセキュリティーの問題は大きかったのですが、計画実行に向けて常に代替地の候補も用意してやり遂げました」山嵜さんは、こうした街並みと一体になった会場の記憶が無形のレガシーでもあると強調します。 「馬術競技場もビーチバレーボール競技場も今は何も残っておらず、元の公園などに戻って普通に使われています。景色が一体となって人々の記憶の中に残っているので、あの夏に馬術やビーチバレーがあった場所だと鮮明に思い出されるわけです。東京の大会が新型コロナウイルスというパンデミックに襲われるとは予想もしていなかったことですが、仮に無観客だったとしても、仮設会場にロンドンのように東京の街並みを取り込む計画で進められていたなら、世界中に映像を通して「TOKYO」を印象付けられたはずです」英国政府とロンドン市が開催翌年にまとめたオリンピックレガシーは、スポーツ・健康生活として、運動する人の増加、学校スポーツへの1・5億ポンド/年の助成、東ロンドン再生として、オリンピックパーク・施設の整備、1万1000戸の住宅整備、1万人の新規雇用創出、経済成長として280〜410億ポンドの経済効果、62〜90万人の雇用創出、観光客増(1%)、観光消費増(4%)、コミュニティー強化として、ボランティア意欲向上、10万人の新規ボランティア(2013年)、パラリンピックとして、障がい者のスポーツ参加向上、交通・社会インフラにおけるアクセス性向上などがあります。山嵜さんは、設計事務所を主宰しているほか、大学で建築を教えています。 「オリンピックレガシーも研究の対象で、論文を書くために話を聞いてみると、オリンピック関係者が専門家の話をあまり聞いていないという印象を受けました。スポーツ社会学などで優秀な専門家がたくさんいるのですが意見を取り入れていないようで、とても憂慮しています。そんな最近の出来事も踏まえて、ぼくは専門家の一人として主張し続けることの重要性、それが専門家の矜恃であることを大学教育を通して次世代に伝えていこうと思っています。そのための判断力、ものの見方、想像力などを授業の中で養っていきます。仮設の競技場は現在も可能な限りリサーチを続けていますが、セキュリティーが厳しくて見ることも情報を入手することも難しいのが現状です。しかし、東京のオリンピック・パラリンピックのレガシーをしっかりと記録することはとても重要だと考えています」ロンドンオリンピックビーチバレーボール競技場。建設途中の貴重な写真(写真提供:アライズ・アンド・モリソン・アーキテクツ)

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