agreeable 第61号(令和4年1月号)
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9agreeable No.61 January 2022/1 愛媛大学 沿岸環境科学研究センター 田上 瑠美相抽出しました。医薬品類、除菌剤、防腐剤、紫外線吸収剤、人工甘味料を含む92種を測定対象物質とし、液体クロマトグラフ-タンデム質量分析計で定性・定量しました。図1 発泡や悪臭ガスの発生がみられるインド(左)とベトナム(右)の都市河川の様子第2回化学物質における環境への影響1.はじめに ヒトが便利で豊かな生活を送るためには人工化学物質の恩恵が必要不可欠です。しかしながら、そのような物質の中には、水生生物の生存・成長・発達・繁殖に悪影響を及ぼす環境汚染物質も存在します。例えば、医薬品類に含まれる生物活性化学物質、ハンドソープや歯磨き粉に含まれる除菌剤や防腐剤、合成樹脂に含まれるビスフェノール類や難燃剤が世界各地の表層水から高頻度で検出されており、それら人工化学物質による水圏生態系への影響が懸念されています1),2)。また、抗生物質は感染症の治療に有効な一方で、不適切な使用に起因する薬剤耐性菌の出現が危惧されています3),4)。 アジア途上国では急速な経済発展に伴う生活水準の向上により、化学物質の使用量は増加傾向にあります。他方、化学物質の管理体制は不十分です。また、都市人口増加率に対して下水処理システムの整備が遅れているため、未処理あるいは浄化処理の不十分な工場廃水・生活雑排水・し尿排水が都市河川へ流出することによる顕著な水質汚染が社会問題となっています5)。化学汚染が進行するアジア途上国において、適切かつ有効な化学物質管理手法を確立することは急務と考えられます。しかしながら、アジア途上国の化学汚染に関する知見は限定的です。また、アジア途上国は目覚しい経済成長と都市化を遂げていることから、単発ではなく継続的な調査が必要です。 本号では、私たち研究グループが過去数年間に渡り実施してきた、インド、ベトナム、タイの水圏環境における生活関連化学物質の存在と挙動、および生態影響について報告します。2.試料と方法 2014年~2019年にかけて、インドのベンガルール市内を流れるVrishabawathi River (n = 10)、チェンナイ市内を流れるCooum River (n = 10)とAdyar River (n = 11)、ベトナムのハノイ市内を流れるNhue River (n = 12)とTo Lich River (n = 1)、タイのアユタヤ~バンコク市内を流れるChao Phraya River (n = 19)から河川表層水試料を採集しました。タイのバンコク市内の運河から表層水試料(n = 6)を採集しました。ベトナムのYen So下水処理場の流入水(n = 1)と放流水(n = 1)、および放流水の放流地点より下流の表層水試料(n = 5)を採取しました。これらの水試料は、Oasis HLB Plus Light Cartridgeを用いて固3.結果と考察3-1.存在と挙動 測定対象物質の表層水中総濃度は、ベンガルールとチェンナイの河川で最も高値であり、次いで、ハノイの河川とバンコクの運河、バンコクの河川の順でした。河川表層水中の生活関連化学物質の残留レベルは、周辺が人工密集地かつ河川水量の少ない(化学物質の負荷量に対して希釈が小さい)地点で高値となる傾向がみられました。 医薬品類の解熱鎮痛消炎剤は、ベンガルールとチェンナイの河川から顕著に高い濃度で検出され、イブプロフェンの最大値は4.6 µg/L、ジクロフェナクの最大値は2.3 µg/Lを示した。ジクロフェナクは、インド亜大陸におけるハゲワシ類の個体数激減の原因物質として知られています6)。ヒンドゥー社会において崇拝の対象となっている牛に痛み止め目的で投与されたジクロフェナクが、残肉を摂取したハゲワシ類に移行し、ジクロフェナクに対して高感受性のハゲワシ類が腎不全を引き起こしたためです。本研究で確認されたベンガルールとチェンナイの河川における解熱鎮痛消炎剤の高濃度残留は、インド亜大陸における高い使用量を反映した結果と推察されました。感染症治療剤(抗生物質・合成抗菌剤)は、ハノイの河川で相対的に高濃度であり、特にクラリスロマイシン、リンコマイシン、スルファメトキサゾールが高割合を占めました。リンコマイシンは動物にのみ使用されることから、畜産排水の流入も示唆されました。 ハンドソープや化粧品などのパーソナルケア製品に含まれるトリクロサン・トリクロカルバン(除菌剤)とパラベン類(防腐剤)、食品添加物のサッカリン、アセスルファム(人工甘味料)は、チェンナイとハノイの河川およびバンコクの運河において、日本を含む先進国の河川水中濃度の5~10倍高い濃度で残留していました。それらの物質は、活アジア途上国の水環境における生活関連化学物質の存在と挙動

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