愛媛大学沿岸環境科学研究センター・特定研究員 後藤 哲智11agreeable No.62 April 2022/4第3回化学物質における環境への影響図1 イガイ科の付着性二枚貝(上:ムラサキイガイ、下:ミドリイガイ) イガイなどの付着性二枚貝は、海水中の懸濁態有機物を濾過摂食する過程で、多様な化学物質を体内に取り込み蓄積(濃縮)することが知られています。そのため、国境を越えて広く生息しているムラサキイガイやミドリイガイは、沿岸環境汚染の有用な生物指標として認識されています3。実際、イガイを用いた環境汚染モニタリング「通称:図2 当研究室が保有するGC-HRMS(JMS-700D, 日本電子社製)マッセルウォッチ」は20世紀後半から国際規模で実施されており、これらの観測が海洋環境の保全施策に資する重要な知見を提供してきたことは特筆すべき点です。1.イガイ科の二枚貝 連載第3回目からは「海域の化学汚染」をテーマに、イガイ科の二枚貝を対象とした研究について紹介します。ムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)及びミドリイガイ(Perna viridis)は、国内外の沿岸域に広く生息している付着性二枚貝です(図1)。国立環境研究所が提供している侵入生物データベースによれば1、ムラサキイガイは1930年代、ミドリイガイは1960年代に日本へ移入し、両種は要注意外来生物に指定されています。とくにムラサキイガイは、世界の侵略的外来種ワースト100に選出されており2、沿岸生態系に及ぼす影響に大きな関心が寄せられています。2.環境微量分析 ところで、二枚貝に蓄積していた環境汚染物質はどのように計測するのか、疑問に思った読者も多いのではないでしょうか。例えばダイオキシンは、1グラムの試料媒体にピコグラム~ナノグラム程度しか含まれておらず、これは1兆分の1~10億分の1グラムに相当します。したがって、環境中や生物体内に極微量濃度で残留しているダイオキシンを検出するためには、試料の前処理(クリーンアップ)と機器分析が必須となります。とくに、二枚貝の生体組織には内因性の化合物に加え、濾過摂食を介して蓄積した外因性の化合物が多く含まれているため、これらの測定妨害成分を可能な限り除去しなければなりません。具体的には、有機溶媒を用いて生体組織からダイオキシンを抽出した後、複数のシリカゲルカラムクロマトグラフィーで試料溶液を精製・分画する必要があります。さらに最終試料溶液は、ガスクロマトグラフー高分解能二重収束型質量分析計(GC-HRMS, 図2)の超高感度モードで分析し、得られたデータ(図3)を詳細に解析することで、どのような種類のダイオキシン(異性体)がどのくらいの量(濃度)で残留・蓄積していたのかを把握することができます。このように熟練した実験技術や多大な労力・コストを要しますが、環境微量分析は地球環境や生態系を脅かす有害物質の存在を検知するうえで必要不可欠です。海域の二枚貝に蓄積するダイオキシン及び類縁化合物の発生・排出起源
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