スナメリ線維芽細胞の神経細胞への分化誘導と神経毒性試験6agreeable No.66 April 2023/4図3.有機塩素系農薬・殺虫剤(t-ノナクロールおよびp,p’-DDT)への曝露によるスナメリ誘導神経細胞の細胞生存率(青線)と死亡率(赤線)。*: p < 0.05, **: p < 0.01, ***: p < 0.001引用文献1. Wang, J.Y., Reeves, R. Neophocaena asiaeorientalis. IUCN Red List of Threatened Species 2017: e.T41754A50381766 2017.2. Shirakihara, K., Yoshida, H., Shirakihara, M., and Takemura, A. 1992. Mar. Mamm. Sci., 8: 160-164.3. Kasuya, T. Raffles Bulletin of Zoology, 2002, 50, 57-65.4. Shirakihara, K., Shirakihara, M., Yamamoto, Y. Mar. Biol. 2007, 150(5), 1025-1032.5. Isobe, T., Oshihoi, T., Hamada, H., Nakayama, K., Yamada, T.K. et al. Mar. Pollut. Bull. 2011, 63(5), 564-571.6. Kajiwara, N., Kamikawa, S., Ramu, K., Ueno, D., Yamada, T.K. et al. Chemosphere, 2006, 64(2), 287-295.7. Ochiai, M., Kurihara, N., Hirano, M., Nakata, A., Iwata, H. Environ. Sci. Technol. 2020, 54(11), 6832-6841.8. Ochiai, M., Kurihara, N., Matsuda, A., Nakagun, N., Shiozaki, A. et al. Toxicology Letters, 295, Supplement 1, 2018, Page S116.9. Ochiai, M., Nguyen, H.T., Kurihara, N., Hirano, M., Tajima, Y. Environ. Sci. Technol. 2021, 55, 12, 8159-8168.※英語名表記が多いため、横書にしております。図2.スナメリの線維芽細胞(左)と誘導神経細胞(右)ました(図3)。一方、p,p’-DDTは1 µMで細胞死が観察され始め、最高濃度(100 µM)では22%の細胞が死滅しました。また、測定原理の異なる指標を用いて細胞生存率を解析した結果、t-ノナクロールでは0.45~45 µMで、p,p’-DDTでは100 µMで細胞生存率が有意に低下しました。本試験で対象としたスナメリの脂皮中t-ノナクロールおよびp,p’-DDT濃度は、それぞれ2.5 µM(1.1 ppm)および0.99 µM(0.35 ppm)であることから、これらの化合物は体内の残留濃度で細胞毒性を誘発することが明らかになりました。上記の結果は、有機塩素系農薬・殺虫剤が瀬戸内海に生息するスナメリの中枢神経系に影響を与える可能性があることを示唆しており、より詳細なデータの集積と毒性影響の解明が求められます。POPs 混合物を細胞に曝露した結果、単一の化合物よりも数倍強い毒性を示しました8。この結果は、複数の化合物への同時曝露によって毒性影響が増幅したことを示唆しています。鯨類はさまざまな環境汚染物質による複合的な汚染にさらされているため、より実環境に近い条件下でのリスク評価が今後必要であると考えられます。 環境汚染物質がイルカに及ぼす影響をより良く理解するためには、線維芽細胞だけでなく、神経細胞や肝細胞など多様な細胞への影響を調べる必要があります。しかしながら、これらの細胞を野生のイルカから採取・培養することは現在の技術では不可能です。著者らの研究グループは、この課題を解決するため、イルカの体細胞を目的細胞に運命変換する研究を推進しています。これまで、カズハゴンドウ(Peponocephala electra)という鯨種の線維芽細胞を用いて、神経細胞を樹立する手法を確立しました9。本手法では、低分子化合物の混合液で線維芽細胞を培養し、細胞の後天的修飾を取り除くことで、神経細胞へ直接分化誘導することを可能としました。 上記手法によりスナメリの線維芽細胞から神経細胞を作成し(図2)、有機塩素系農薬・殺虫剤への曝露による神経毒性影響を評価しました。工業用クロルデンの主成分の一つであるt-ノナクロールへの曝露は、最高濃度(45 µM)でスナメリ誘導神経細胞の64%に細胞死を誘導し
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