はじめに1.グエン朝の都フエ2.グエン朝の歴史と皇城と、フォン川南側の新市街に分けられます。都城内はグエン朝王宮(皇城)を中心とした街並みが形成され、2本の橋で新市街と結ばれており、人口約34万人の都市です(図1)。グエン朝は、1802年初代のザーロン(嘉隆)帝に始まり第13代バオダイ(保大)帝の時代が終わる1945年まで143年間続きました。グエン朝建国には、フランスの宣教師と義勇軍の助力を仰いでおり、その後、第7代キエンフック(建福)帝時代の1862年から施政の実権はフランスが握り植民地化されました。グエン朝は、約700m四方の城壁で囲まれた皇城(図2)で、ベトナム古来の建築様式やフランスの装飾法などが施された建物が100棟ほど立ち並んでいたのですが、王朝時代からの内戦や1965年にアメリカが参戦したベトナム戦争による空爆などで、多くの建物が焼失・倒壊し、皇城の南側の正門である午門(写真1)、太和殿(写真2)など現在見られる建物は復元・修復されたものが多数を占めます。図2で、黒い建物は復元・修復された建物や当時から現存している建物で、勤政殿跡(写真3)のように基盤だけ残っある「フエの建造物群」の一つ「隆徳殿」の解体調査・修復に携わりました。期間は2005年〜2010年度で、この間3回現地を訪れ、隆徳殿の耐震性能を構造実験で確認したり、構造部材の劣化状況を調査したりしました。フエ皇城建築物群は、主に木造ですが、構造・耐久性能に関する考え方は日本とは異るようです。に50以上の民族が共存する多民族国家で人口約1億人、北部に首都ハノイ、南部に国内最大の都市ホーチミンを有します。ぼ中間点にあり、ベトナム最後の王朝グエン朝が栄えた古都で、フォン川(香江)沿いに当時の都城があり、付近には歴代皇帝のお墓(帝廟)が点在しています。1993年にこれらの建造物群は、ユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されています。街並みは、フォン川北側に約2・5㎞四方の城壁で囲まれている旧市街(都城)ベトナムは、国土面積約33万㎡内フエは、ハノイとホーチミンとのほものつくり大学 小野 泰8agreeable No.67 July 2023/7図1 フエ旧市街地図写真2 太和殿図2 皇城内配置図写真1 皇城正門(午門)写真3 勤政殿の跡地10年以上も前ですが、世界遺産でその1フエ皇城建築物についてベトナム・フエ隆徳殿の構造性能と耐久性能
元のページ ../index.html#10