agreeable 第68号(令和5年10月号)
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タンパク質の質量分析細胞内のタンパク質の組み合わせによる種の判定これまでDNAの塩基配列を使った菌類の種の判定方法をご紹介してきました。DNAは生物の個体を構成する全ての細胞に含まれており、どの細胞にもその個体をつくるための全情報がコードされています。したがってどの細胞を使っても、種を判定するためのDNAバーコード情報を取得でき、どの細胞でもその配列は同じであることが種の判定という目的とぴったり適合します。しかしいくつか弱点もあります。たとえば別種であってもDNAバーコードの範囲では配列に変異がない(見分けられない)、判定にはそこそこ時間がかかるという点です。これらをカバーする方法として、細胞内のタンパク質を使う方法を紹介します。タンパク質分析の強力なツールのひとつが質量分析法です。質量分析とは試料の分子量を測定する技術で、さらに試料分子をある程度破壊して構成するパーツとし、それぞれのパーツの分子量も測定し、その情報から分子全体の構造を推定することができます。試料分子を破壊するときに、破壊を控え目にするためにマトリクスと呼ばれる物質を試料と混合します。この方法は「マトリクス支援レーザー脱離イオン化法」という長い名前で、略して「MALDI(マルディ)」と呼んでいます。発明者は島津製作所の田中耕一さんで、その功績によってノーベル賞を受賞されています。現在ではタンパク質分析に欠かせない分析方法で、MALDIと「飛行時間型質量分析計(TOF)」と組み合わせたMALDITOF-MS(「マルディトフマス」と呼んでいます)で、タンパク質の質量と構造の分析で多用されています(図1)。タンパク質を試料プレートに塗布し、そこでマトリクスと混和します。これにレーザーを当てて試料をイオン化して、TOF-MSの中でイオン化した試料が飛行していく時間を測ります。軽いと検出器まで早く到着し、重いと時間がかかるという原理で質量を測定します。ンパク質の分析では、タンパク質を単離してある程度精製します。しかし菌種の判定では細胞全体のタンパク質を対象とするので、様々なタンパク質の混合物を分析対象とします。細菌類や酵母のような単細胞の生物であれば菌体を爪楊枝などで試料プレートに塗りつけて、マトリクス溶液を重層します。非常に簡便なプロセスで試料調製が完了します。マトリクスの種類はいくつか提案されていますが、たとえばα-シアノーヒドロキシケイ皮酸やシナピン酸など試料に合わせて用います。一方、カビやキノコの多細胞の真菌類では、細胞壁が強固であるために抽出が必要であることがわかりました。作業が1段階追加されますが、それでもDNAシークエンスに比較すると格段に簡便です。私たちが使っているタンパク質抽出方法は、寒天培地に培養したコロニーから菌糸を剥がして試験管に入れ、ギ酸・アセトニトリルで抽出する方法です(文献1)。TOF-MSによるマススペクトルの取得はほんの数秒です(図2)。分析結果として、マススペクトルというピークがいくつも連続して得られるデータが取得されます。図3にカワラタ一般的にMALDITOF-MSを使ったタ4 木材腐朽菌ケンキュウ室第4回高知工科大学 堀澤 栄agreeable No.68 October 2023/10図1 DNAを用いた菌類の同定方法の流れ.図2 MALDI TOF-MSを用いた菌種の判定方法.分析技術④〜タンパク質を使った菌種の判定〜

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