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概要

しろありNo.163

Termi te Journal 2015.1 No.163 3 さて, 本手法によって代謝物の経時的変動を解析したところ, 摂食されたセルロースは直ちに前腸で分解され始め, 摂食開始後3時間ではすでに前腸からセロビオースやグルコースといったセルロース分解産物の強いシグナルが検出された。引き続き中腸でもセルロース分解産物のシグナルが検出され, 摂食開始後,9?12時間で後腸にもセルロース分解産物の強いシグナルが認められた。つまりこのことは, シロアリによるセルロース摂食後, シロアリ自身のセルラーゼによって前腸から中腸にかけてただちにセルロース分解が起こり, 約10時間をかけてセルロースは後腸に流入し, 再び微生物による分解が起こっていることを示唆していると考えられる(図1)。 表2は腸内でのセルロース分解と連動して検出された代謝物の一覧を示す。検出された代謝物シグナル強度の経時変動を部位別に非計量多次元尺度構成法と呼ばれる手法を用いて解析した結果, 前腸ではセルロース消化と連動して生産される代謝物は認められなかった。前腸の内壁は一般的に厚いトゲ状のクチクラ層で覆われており, 主に取り込んだ木片を細かく破砕する役割を担っている。したがって, 前腸は破砕によってセルロースの表面積を増加させ, セルラーゼとの作用を促進する役割を担っているが, その後の代謝は中腸以降の部位で行われていると考えられた。 中腸ではセルロース分解に連動して, 解糖系やクエン酸回路に関係する代謝物の変動が認められた。したがって, セルロース消化によって生じたグルコースの少なくとも一部は, 中腸でシロアリのエネルギー源として利用されていることが明らかとなった。また, セルロース消化に同調して非必須アミノ酸の増加も検出されており, 分解されたセルロースに由来する炭素が,シロアリ自身による非必須アミノ酸合成の材料となっていることも示唆された。 オオシロアリの後腸には多くの原生生物やバクテリアが分布している。今回の解析では前述のようにセルロースを摂食開始後, 9?12時間で強いセルロース分解のシグナルが検出されたことから, シロアリ生体内で腸内微生物によるセルロース分解が確かに起こっていることが確認された。この際, 解糖系関連代謝物のシグナルも著しく増加したが, 非常に興味深いことに,強いグルコース- 1-リン酸のシグナルも同時に現れ,セルロース分解や解糖系と完全に同調したシグナル変化をしていた。もし, 従来考えられてきたように後腸におけるセルロース分解を原生生物だけが担うのであれば, セルロース分解によって生じたグルコースはグルコース- 6-リン酸に変換されて解糖系に入るので,解糖系に同調したグルコース- 1-リン酸のシグナル変化は考えにくい。実は, 嫌気性のセルロース分解細菌ではセルロース分解によって短くなったセロオリゴ糖を細胞内に取りこみ, 一旦, 加リン酸分解によってグルコース- 1-リン酸に変換してから解糖系に用いることが知られている7)。これはグルコースの細胞膜透過性が高く, そのままではバクテリア細胞からグルコースが漏れ出てしまうため, リン酸基を付加して細胞膜透過性を下げているのだと考えられている。このような現象は一部の菌類を除いて, 真核生物では知られていない。従って, このグルコース- 1-リン酸のシグナル増加はバクテリアがセルロース分解に関与することを強く示唆しており, これまでに知られていない新たなセルロース分解経路の存在を示すものであると考えられる。その後, これらのセルロース分解産物は, 原生生物のヒドロゲノソームやバクテリアの発酵系で嫌気的に代謝され, 酢酸などの形で腸内に放出されると考えられている。私たちの解析でも, 強い酢酸のシグナルが検出されたことに加え, プロピオン酸や酪酸といった他の揮発性脂肪酸もセルロース分解と同調して増加していた(表2)。 ところで, これまでの研究から後腸内の共生バクテリアは空中窒素固定や窒素老廃物のリサイクルを通じて, アミノ酸合成に関与していると考えられている。しかし, 本研究では後腸においてセルロース分解に同調した非必須アミノ酸シグナルの明らかな増加は認められたものの, リジンとバリンを除いて, 必須アミノ酸シグナルの変化はセルロース分解に同調しなかった(表2)。実は本研究において遊離必須アミノ酸の強いシグナルはいずれも中腸で検出されており, このシグナル強度は実験期間中徐々に増加していた(図2)。逆に, 後腸の必須アミノ酸シグナルは実験期間を通じて極めて低いものであった。また, 興味深いことに各必須アミノ酸のシグナル強度の相対パターンは, 後腸後半部と前腸で極めて似ていた(図2)。過去の研究と今回の結果を考え合わせると, 次のような仮説が浮かび上がってくる。前述のように, 本研究では代謝速度の非常に速い代謝中間産物はほとんど検出されない傾向がある。そのため, おそらく後腸に生息する共生バクテリアは必須アミノ酸合成を行っているが, その合成量はバクテリア自身や共生原生生物による必須アミノ酸の需要量の範囲にあり直ちに高分子化されるた