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概要

しろありNo.163

Termi te Journal 2015.1 No.163 5用いた場合, 消化管各部位でこの量を集めるためにはかなりの労力と時間が必要になることが想定される。したがって, さらなる技術的な改良を重ねないと経時的な代謝物変化を追うことは難しいだろう。 そこで最近, 私たちはシロアリではなく食材性のゴキブリを用いた代謝物のNMR解析を開始している。以前, 本誌でも紹介したように私たちの研究室では食材性ゴキブリの脂肪体細胞内に共生するブラタバクテリウムとよばれるバクテリアのゲノム解析を行っている8)。この細胞内共生バクテリアは脂肪体に蓄えられた尿酸を再利用して, 各種アミノ酸やビタミンの合成を行っていると考えられている。海外の研究者や私たちの解析の結果, 同じ食材性ゴキブリでもキゴキブリ(Cryptocercus punctulatus)の細胞内共生バクテリアはいくつかのアミノ酸生合成に関わる遺伝子を失っているのに対して, オオゴキブリ(Panesthia angustipennis)の細胞内共生バクテリアは他の雑食性ゴキブリと同様にほぼ全てのアミノ酸生合成遺伝子を保持していた9)。実はキゴキブリ類は, シロアリに極めて近縁な亜社会性の食材性ゴキブリである。日本ではお目にかかれないが, 世界では北米とアジアに6種(Cryptocercus clevelandi,C. kyebangensis, C. matilei, C. primarius, C. punctulatus,C. relictus)が分布している10)。これらはいずれも近縁であるにも関わらず, 分布は世界的に見て極めて局所的である。このような局所的分布の理由としては地理的要因に加えて, これらのキゴキブリが多少の違いはあるものの比較的湿気の多い清涼な気候を好むことや, 生きた植物を餌とすることができず, 偶発的な倒木などから派生する朽木のみに頼って生きているという生態的要因11)によるところが大きいのではないかと考えられる。キゴキブリは腸内にシロアリとよく似た原生生物叢を持ち12), 腸内微生物は親から子へ,個体から個体へと受け継がれる。反面, 日本に広く分布するオオゴキブリは単純な群衆性で, 個体間での栄養交換はしない13)。したがって, キゴキブリとオオゴキブリの間で生じたブラタバクテリウムの保有する遺伝子の違いは, 腸内微生物への依存度の違いを反映している可能性が高い。言い換えれば, このことは宿主の社会性行動による安定した腸内微生物の受け渡しが起きているかどうかの違いに起因している可能性が高く, シロアリ類の進化や多様化とも関係している可能性が高い。もしそうであるならば, 両者の脂肪体や腸内の代謝物にはこのような生態的学的差異を反映した何らかの違いがあることが期待される。5.おわりに 本稿では, オオシロアリのセルロース代謝系を中心に紹介してきた。しかし, シロアリはムカシシロアリから続く進化の歴史の中で, 細胞内共生バクテリアや腸内共生原生生物を失うなど, 栄養生理に大きな影響を与える変化を何度か経験している。そのような中で,シロアリは湿材, 乾材, 草本, 地衣類, キノコ, 腐植土などに対応しながら, 食性を多様化させてきた。このこ図2 消化管各部における各必須アミノ酸シグナル強度のパターン。薄い色(0h)がセルロース摂食前、濃い色(24h)がセルロース摂食後24時間後のシグナル強度を示す。Tokudaet al.( 2014) Figure 1を改変6)消化管1μl あたりのシグナル相対強度前腸中腸後腸前半部後腸後半部0h24h0h24h0h24h0h24h