ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play

概要

しろありNo.164

8 Termite Journal 2015.7 No.1646. ヤマトシロアリゲノムの防除への活用6.1 ヤマトシロアリでの防除技術開発 本稿の冒頭で述べたように, 我々はヤマトシロアリのゲノム解読プロジェクトで, 約816.4百万の塩基を解読することができた。この塩基配列の中からタンパク質をコードする遺伝子領域を予測した結果, 15,584個の領域が検出された。この数は, 他の昆虫のタンパク質をコードする遺伝子の数とほとんど違いはなく, ヤマトシロアリのタンパク質コード遺伝子を網羅的に同定することができたことを意味している。さらに, それらの遺伝子から生成されるタンパク質のアミノ酸配列を使って, ネバダオオシロアリとナタールオオキノコシロアリを含む他の昆虫の全タンパク質コード遺伝子との比較解析を行い, シロアリ類のみが持つ遺伝子を明らかにした。これらのデータを用いて, 様々な基礎生物学的な解析を行っているが、それについては本稿では割愛する。以下に, 得られたゲノム情報を用いたヤマトシロアリの防除技術開発の可能性について述べる。 ゲノム情報は, 殺虫剤の標的分子の選定に特に有用であり, 効率的な新規薬剤開発の一助となることが示されているが, これはシロアリの場合にもあてはまるだろう。最近, 殺虫剤の新たな標的遺伝子として注目されているのが, GPCRである26)。GPCRは細胞膜を7回貫通する特徴的な構造をもつ受容体の総称であり,数多くの遺伝子が含まれる。それらの機能は, 神経伝達や光受容, ホルモン受容など様々である。コンピューターを用いた解析によって, シロアリのゲノムからこれらの遺伝子を同定することができるため, コクヌストモドキでの研究例17)のように, RNAi法によって殺虫剤の標的候補となるGPCRの大規模スクリーニングをすることも可能である。また, コンピューターを用いて特定の機能を持つと推測されるGPCRを同定し, そのGPCRに絞ってRNAi法による致死性の調査を行うのも効率的な方法である。特に, 神経伝達に関わるGPCRは標的遺伝子として有力である。それらを標的にした薬剤は即効性が期待できるため, 家屋に浸入してしまったシロアリの駆除に利用できるだろう。 免疫に関わる遺伝子も, 新規標的分子として有望である。シロアリの免疫機能を破綻させれば, シロアリが様々な病原生物に侵されて死滅すると予想される。Bulmer et al.27)はテングシロアリの一種Nasutitermescornigerにおいて, グラム陰性菌結合タンパク質(gram-negative bacteria binding protein: GNBP)の一つであるtermite GNBP-2(tGNBP-2)が抗菌作用を有することを示し, さらにtGNBP-2の機能阻害をする物質の候補としてD-delta-gluconolactone (GDL)を選定した。GDLの投与によって, 実際にシロアリのメタリジウムなどの菌による死亡率は上昇し, GDLがシロアリの免疫機能を低下させる効果があることが明らかになった。ゲノム解析によって, ヤマトシロアリのtGNBP-2も同定され, N. cornigerや他のシロアリとの比較を行うことができた。その結果, tGNBP-2のアミノ酸配列はいずれのシロアリでも非常に似通っていることが明らかになったため, ヤマトシロアリでもGDLが免疫機能の低下をもたらすことが期待できる。また,シロアリだけに存在する免疫関連遺伝子も, 我々のゲノムプロジェクトで同定された。これらを標的にすれば, シロアリのみに有効な, 選択性の高い殺虫剤を開発することができるかもしれない。免疫機構を破綻させる薬剤は, メタリジウム製剤などの生物製剤との併用によって, より大きな防蟻効果を発揮すると考えられる。 すでに標的として利用されている分子についても,既存の薬剤よりも良い薬剤の開発が期待できる。リアノジン受容体(RyR)は筋肉の伸縮運動に関わる分子であり, フルベンジアミドやクロラントラニリプロールという殺虫成分がすでに開発されている。RyRを標的とするこれらの化合物は, RyRと結合して筋肉を異常に収縮させ, 摂食行動などの活動を妨げるとともに,すぐさま個体を死に至らしめる。これらの化合物は,特にチョウ目(鱗翅目)昆虫に対して効果が強いことが知られている。ゲノム解読により, ヤマトシロアリのRyRも同定され, 他種の昆虫のアミノ酸配列と比較して, ヤマトシロアリのRyRに特に効果を発揮する新規薬剤を開発することも可能である。さらに, 幼若ホルモン(juvenile hormone: JH)や脱皮ホルモン(Ecdysone), それらと相互作用する遺伝子も殺虫剤の標的として期待される28)。 殺虫剤の標的候補の探索には, 他にも様々な方法を利用することができる。例えば, コンピューターを用いてゲノム情報を分析することによって, 殺虫剤の標的候補としてふさわしい条件を満たす遺伝子を絞り込むことも可能である。また, ゲノム情報だけでなく, トランスクリプトーム解読・解析やRNAi法などによる遺伝子の機能解析を行うことによって, シロアリ特有の生態や生理現象を担う遺伝子が明らかになれば, その中から殺虫剤の標的として有望な新規候補も見いだ