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概要

しろありNo.164

2 Termite Journal 2015.7 No.164総 説Review1. はじめに 木造建築物等に与えるシロアリの被害は甚大であり, その被害を抑えるため, これまでに様々なシロアリ防除法が開発されてきた。薬剤を用いた化学的な防除方法や, 床下の湿度を調節してシロアリが活動しにくい環境を維持する方法, また金網や岩石などを用いてシロアリの侵入を物理的に防ぐ方法など, 今日では様々な防除法が利用されている。このうち, 薬剤を用いる方法は, 建築物に侵入してしまったシロアリの駆除処理や, 土壌や木材の化学的防蟻処理, ベイト法など様々なかたちで利用されており, 非常に効果的で汎用性が高く, シロアリ防除においては欠くことのできないものである。 かつては人体や環境に悪影響を及ぼす殺虫剤が使用されていた時期もあったが1), 現在シロアリ防除に用いられている代表的な薬剤は, 施用法から見て人体や土壌環境への影響はほとんどないと考えられ, 問題なく使用することができる2)。しかし, 殺虫効果がより強く, 他の生物への影響がより小さく(すなわち“選択性”が高い), また安価に合成できるなどの条件を満たす理想的な薬剤3)の開発を進めることは, 防除の成功率を高めるために重要である。また, 化学物質に対するアレルギー疾患の増加や住宅の高気密・高断熱化によって, シロアリ防除法も変革を求められる可能性があるため2), 人体への影響がより小さい薬剤の研究開発は特に必要である。 よりよい薬剤を開発するには, 対象生物の性質を調べ上げ, うまく利用することが重要である。たとえば,近年様々な害虫に対して使用されている昆虫ホルモン様物質やキチン合成阻害剤は, 昆虫の脱皮や成長を阻害する薬剤(昆虫成長制御剤)であり, 昆虫の生理学的特徴を利用して開発されたものである。これらの薬剤は, 昆虫に対しては致死性が高いが, 哺乳類などの脱皮をしない生物に対する毒性は小さい。また, 対象害虫を選択的にトラップすることができるフェロモン剤は, 異性を誘引する化学物質(性フェロモン)をもつ昆虫が種ごとに異なるフェロモン物質を使っていることを利用したものである。昆虫の性質を利用したこれらの薬剤は, 対象害虫に対する防除効果が大きく, 哺乳類などの他の生物への影響が小さいため, 非常に有用である。以上の例が示すように, シロアリの防除においても, 特有の性質を利用することができれば, よりよい防蟻剤の開発が可能になることが期待される。 生物の性質を規定する重要なものとして, ゲノムが挙げられる。ゲノムとは, ある生物がもつすべての遺伝子(遺伝情報をもつ因子)のことである。生物の体の形や生理学的性質などは, 遺伝子がもつ情報によってある程度は決まるため, ゲノムは“からだの設計図”と比喩的に表現される。ゲノムに刻まれた情報は, それ自体が生物の性質を表すものと捉えることもできるのである。したがって, その生物がどのような遺伝子を持っているのか, また, 別の生物のゲノムとどのように異なるのかといった特徴は, その生物のきわめて重要な知見となり得る。後述するように, それらの知見は, 防除技術の開発に利用することができるのである。 生物の遺伝子の化学的実体は, DNA( deoxyribonucleicacid:デオキシリボ核酸) という物質である。DNAは,デオキシリボース(単糖類の一つ)とリン酸, 塩基で構成される単位(ヌクレオチド)が連結した高分子である(図1)。塩基には4種類あり(アデニン, シトシン,グアニン, チミン;それぞれA, T, G, Cと表記される),結合している塩基の違いでヌクレオチドも4種類存在する。これらのヌクレオチドがもつ塩基の並び, すなわち“塩基配列”が, 遺伝情報として機能するのである。例えるならば, 英語ではAからZまで26種類のアルファベットが連結して単語を作り, 単語の連結が文章となって意味のある情報になるように, 遺伝情報では4種類の塩基が英語のアルファベットのように連結して遺伝子を形成し, 全遺伝子の集合がゲノムという生物をつくりあげるための設計図となるのである。ヒトのゲノムは約31億個の塩基で構成されており, キイロヤマトシロアリのゲノム情報を防除に役立てるために北海道大学大学院地球環境科学研究院 林  良信, 北海道大学大学院地球環境科学研究院 杉目 康広アサンテ株式会社;北海道大学大学院地球環境科学研究院 箕浦 るん, 北海道大学大学院地球環境科学研究院 三浦  徹基礎生物学研究所;総合研究大学院大学生命科学研究科 重信 秀治,     富山大学大学院理工学研究部 前川 清人