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概要

しろありNo.164

Termite Journal 2015.7 No.164 5代を経るごとに集団内におけるその頻度を増していく。この過程が“自然淘汰”と呼ばれるもので, 生物進化を説明する機構の1つである。 生物進化において自然淘汰説を想定すると, ある種の生物が長い年月(非常に多くの世代数)を経ると, 自然淘汰が様々な遺伝子に働き, 結果としてその種の各個体は, ゲノム全域にわたって生存や繁殖などに有利な(適応的な)変異型をもつことになる。現生の生物の多くは長い年月を生き残ってきた生物であり, それらのゲノムにある遺伝子や遺伝子内の塩基配列は, その生物がある環境で適応的な進化を遂げた結果であると考えられる。自然淘汰は, 実際に様々な遺伝子に対して働いていると考えられている。 一方, 突然変異は個体の生存や繁殖などにほとんど影響しないものもある。このような突然変異は, 偶然に次世代で頻度が増加することもある。つまり, 生存や繁殖などにほとんど影響しない変異型遺伝子も進化の過程で偶然に残りうるのである。この過程を“中立進化”と言う。ここで中立とは, 「生存や繁殖などに影響しない」ことを意味する。中立進化は, 生物進化を説明する主要な機構の1つであり, 自然淘汰を否定せず両立しうるものである。中立進化も普遍的な現象である6)。 自然淘汰や中立進化によって, 生物の集団の変異型遺伝子の頻度は変化していくが, 周囲の集団と遺伝的な交流(個体の移入や交配)がなく, 独立して存在する集団は, 独自の変異型遺伝子を持つようになる。祖先集団において, 何らかの原因によって交配が起こらない(生殖隔離がある)2つ以上の集団(異なる種)が形成されることを種分化という。種分化が成立すると,一方の種で生じた突然変異が他方の種の子孫に伝達されることはない。異なる種は遺伝的に独自の進化を遂げ, 長い年月を経るとゲノムも大きく異なるのである。3. ゲノムから何が分かるか― 基礎ゲノム生物学について 以上のようなゲノムの性質を踏まえて, これまでに様々な基礎研究が行われてきた。ゲノムを研究することで一体どのようなことが分かるのか。以下にシロアリに関連するゲノム研究を紹介する。 ゲノム解読によって, その生物がどのような遺伝子を持っているか(いないか)を明らかにすることができる。それにより, 例えば, その生物がもつ代謝システムを理解することができる。イエシロアリの腸内原生生物の一種であるPseudotrichonympha grassiiの細胞内に共生しているバクテリアCfPt1-2は, 培養実験が困難なために, どのような生理学的特性をもち, シロアリと如何なる共生関係を保っているのか不明であった。Hongo et al.7)は, CfPt1-2のゲノム解読によって,CfPt1-2が窒素固定に必要な遺伝子をもっていることを明らかにし, 木材という窒素分の少ない餌を食べるシロアリにとって, CfPt1-2が重要な共生生物であることを見事に証明した。 シロアリにおいては, すでに述べたように, ネバダオオシロアリ8)とナタールオオキノコシロアリ9)の2種でゲノム解読が行われた。ネバダオオシロアリのゲノム解読プロジェクトでは, 他の昆虫[キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)やセイヨウミツバチ(Apis mellifera)など]やミジンコ(Daphniapulex), センチュウ(Caenorhabditis elegans)のゲノムと比較している。その結果, ネバダオオシロアリのゲノムには, オスの生殖に関わる遺伝子や, イオンチャネル型受容体遺伝子(ionotropic receptor;味や匂いや温度などの感知に関わる)が多く含まれることなどが明らかになった。また, オスの生殖に関わる遺伝子は, 中立進化ではなく自然淘汰の影響を受けていることが明らかになった。ただし, 比較対象として用いた種の中に, シロアリに近縁な昆虫であるゴキブリが含まれていないため, これらの特徴がゴキブリとシロアリで共通のものなのか, シロアリ(あるいはネバダオオシロアリだけ)に特異的なものなのかは分からない。これについては今後の課題である。 ナタールオオキノコシロアリのゲノム解読プロジェクトでは, ナタールオオキノコシロアリとシロアリタケTermitomyces sp., さらにシロアリの消化管内の共生細菌叢のゲノムが解読され, リグノセルロース分解という観点から, それらの共生機構が調査された。特に,糖質関連酵素(carbohydrate-active enzyme: CAZyme)に注目し, ゲノムにあるCAZyme遺伝子群の同定とシロアリタケの培養実験などにより, それぞれの生物の糖分解能力が推定された。その結果, ナタールオオキノコシロアリは多糖類の分解, シロアリタケはリグノセルロースの分解, シロアリの消化管内の共生細菌叢はオリゴ糖の分解を主に行っている可能性が明らかになった。この研究により, シロアリ・シロアリタケ・腸内細菌叢の3者間の共生機構の一端が解明された。 以上はシロアリに関連する研究例であるが, 他の生