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概要

しろありNo.164

6 Termite Journal 2015.7 No.164物においてもゲノム情報を利用した研究例は数多くあり, 特に最近は非モデル生物においても盛んに行われている。研究目的も様々であり, ゲノム情報を利用して種の進化の歴史(系統発生の過程)の推定を行う研究(系統ゲノム学)や, 生物集団の進化的挙動の研究(集団ゲノム学)などがある。またゲノム情報解析と遺伝子の機能解析と組み合わせて, その生物の様々な性質に関する分子機構を詳細に明らかにすることができ, このような研究も数多く行われている。4. ゲノムの活用法 ― 応用ゲノム生物学について ゲノム情報は, 基礎研究だけでなく, 我々人間の生活に直接役立てるための応用研究にも利用されている。近年最も盛んに行われているのが, ヒトの疾患に関わる遺伝子の研究である。ある疾患に関与する遺伝子を特定するために, その疾患を発症している患者と健常者のゲノム塩基配列を比較する方法[ゲノムワイド相関解析(genome-wide association study: GWAS)と呼ばれる]がよく用いられており, これまでに多くの疾患関連遺伝子が同定された。この方法を用いると,どの遺伝子のどの部分が疾患の発症に影響をもつのかがわかり, 疾患の発症機構の解明に大きく近づく。そして発症機構が解明されると, その疾患に対する薬の開発が行いやすくなるのである。最近では, 新規に同定された疾患関連遺伝子と遺伝子間相互作用ネットワークに関する既知のデータ, さらに既存の治療薬の標的遺伝子に関する知見を総合的に利用した新しいゲノム創薬手法も提案され, 実際に利用されている10)。さらに, 個人のゲノム塩基配列を調べることでその患者に対してより効果的で副作用の少ない薬を処方するという“オーダーメード医療”も可能になってきている。 ヒト以外の生物でもゲノム情報を利用した応用研究は盛んにおこなわれている。例えば, “ゲノム育種”とよばれる品種改良法が, 様々な農作物や家畜に対して広く行われている。この方法は, 遺伝子組換えを行うことなく, これまでの手法に比べて品種改良にかかる時間や労力を大幅に軽減することに成功している。個体ごとのゲノム情報と育種形質に関する知見を利用することによって, 選抜や交配を極めて短期間に効率的に行うことが可能になったためである。このように,様々な分野でゲノム情報は利用されており, 次に述べるように, 害虫防除の分野も例外ではない。5. ゲノムを利用した防除技術の開発 近年ではゲノム情報を利用した害虫防除技術の開発も活発に行われている。ゲノム情報を利用することで,より効率的な薬剤開発や, 遺伝子組換え昆虫を用いた新しい防除技術の開発が可能になったためである。以下に, ゲノム情報を利用した防除技術開発として, 主に行われている殺虫剤開発と遺伝子組換え昆虫の作製について, 具体例を紹介する。5.1 殺虫剤開発 ゲノム情報は, 新規の殺虫剤標的遺伝子の探索と選定に特に役に立つ。既存の殺虫剤には数多くの種類があるが, その標的となっている遺伝子はごく少数である。Insecticide Resistance Action Committee( IRAC)のMode of Action( MoA) Classification version 7.4によれば, 殺虫剤の標的遺伝子(もしくは作用機序)は30程度しかない。一方, 昆虫のゲノムには, タンパク質をコードする遺伝子だけでも少なくとも1万個以上はある。ゲノムが解読され, 個々の遺伝子の機能や哺乳類との遺伝子構造の違いを知ることができれば, ゲノムの中から殺虫剤の標的として相応しく, よりよい薬剤の開発が見込める遺伝子を見出すことができるだろう。実際に, 作物害虫であるトノサマバッタ(Locustamigratoria)のゲノム解読プロジェクト11)では, ゲノム中から殺虫剤の標的に適した遺伝子の候補を選別している。具体的には, 哺乳類の遺伝子との塩基配列の違いが大きいことなどを基準として, 免疫関連遺伝子などの遺伝子を新規殺虫剤の標的として挙げている。 新規標的遺伝子の候補をゲノムから探すには様々な方法がある。例えば, 既存の薬剤の標的遺伝子と相互作用をする遺伝子の中から, 新規薬剤の設計が容易なものを選ぶことができる。遺伝子間相互作用のネットワークがわかっており, ゲノム解読によってある生物が持つ遺伝子を網羅的に同定することができれば, この方法による候補遺伝子の探索は容易である。上述の通り, ヒトの疾患に対する創薬では遺伝子間ネットワークの情報が活用されているが10), 昆虫の薬剤開発においても, この情報は有用であろう。また, 対象害虫のゲノムと他生物のゲノムを比較して, 対象生物だけがもつ遺伝子を探して標的遺伝子候補とする方法も挙げられる。そのような遺伝子を標的にすれば, その生物に特異性の高い殺虫効果をもつ薬剤を開発できる可能性もあるだろう。 殺虫剤の標的候補が決まれば, その遺伝子の機能阻害によって致死性があるかを確認する必要がある。遺