しろありNo.166
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36Termite Journal 2016.7 No.166茨城大学理学部 北出 理シロアリ共生原生生物群集の多様性と進化−ヤマトシロアリ属を中心に−情報Information1. はじめに 下等シロアリと食材性のキゴキブリ属のゴキブリは後腸に共生原生生物の群集を保有する。共生原生生物は2つの門(ParabasaliaとPreaxostyla)の5つの目(Trichomonadea, Tritrichomonadea, Trichonymphea, Cristamonadea, Spirotrichonymphea, Oxymonadea)に属する微生物である1,2)。宿主であるシロアリが行う木材の分解に原生生物が生産するセルラーゼが必須である一方, 原生生物も食物と嫌気的な生息場所とを宿主に依存している3-5)。宿主後腸内から報告されている原生生物の種数は, 宿主種によって1種(ミゾガシラシロアリ科の少数の属)から26種(キゴキブリCryptocercus punctulatus)と幅広い6)。原生生物群集の種組成はふつう宿主種に特異的であり3,7,8), これはおそらく原生生物の伝達様式を反映するものである。共生原生生物は嫌気性であり, シロアリのコロニー内では原生生物群集が個体の間で肛門食栄養交換によって伝達・共有される。このため, 新たに創設されたコロニーは, 王と女王の母巣の原生生物組成を引き継ぐことになる4)。シロアリと原生生物の間には絶対的相利共生関係があることから, 両者の間には共種分化が生じていることが示唆されるが, そうであればその過程は原生生物組成に反映されているはずである。2. 原生生物群集の多様性・類似性と宿主と原生生物の間の共種分化 シロアリ全体の原生生物群集の類似性パターンを理解するため, Kitade6)はYaminのチェックリスト9), その他の分類学的論文, 12種のシロアリの直接観察のデータに基づき, 宿主属間の原生生物属組成の類似性を評価した。Jaccardの係数を用いたUPGMAによるクラスター分析から, 同じ科(あるいは単系統であるとされる複数の科のグループ)に属する宿主の属は, 似た原生生物の属をもつという傾向が明らかになった。この傾向はレイビシロアリ科と, (ミゾガシラシロアリ科+ノコギリシロアリ科)のグループで特に顕著であった。この結果は, 宿主の系統関係が原生生物組成の類似性の主要な決定要因であることを示唆する。興味深いことに, ヤマトシロアリ属(ミゾガシラシロアリ科)は系統が大きく離れたオオシロアリ属(オオシロアリ科)と非常に近い組成を持っており, これらの祖先系統間で原生生物の水平感染が生じた可能性が示唆される6,10)。原生生物組成の形成にみられる宿主系統の強い影響は, 最近の原生生物のSSUrRNAのパイロシーケンシングを用いた網羅的調査によっても示唆されている11)。さらに, ミゾガシラシロアリ科の宿主とPseudotrichonympha属の原生生物の分子系統学的解析からは12), 宿主と原生生物の系統樹でほぼ同一の樹形が推定されており, Pseudotrichonympha属の種の垂直感染と宿主シロアリとの共種分化が示されている。3. 日本のヤマトシロアリ属の原生生物群集の多様性と類似性 日本列島のヤマトシロアリ属は, 最も集中的に原生生物群集の多様性や類似性について調べられたシロアリのグループである。野外調査から, 15種の原生生物が, 6種の本属の種に宿主特異的に生息していることが明らかになっている13)。原生生物群集のコロニー間の変異(β多様性)は小さい。原生生物の種組成の類似性にもとづいたUPGMAによるクラスター分析から, 宿主種は4つのグループに分けられ, それらは宿主の地理的な分布だけでなく, ミトコンドリア遺伝子から推定された系統関係ともよく対応する。さらに原生生物組成の類似性の最も大きな差は, 旧北区と新北区の境界にあたるトカラ海峡に対応する形でみられる。これらの結果は宿主の系統関係およびこれを引き起こした地史的なイベントの影響が, 現在も共生原生生物群集に痕跡を強く残していることを示す。

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