しろありNo.167
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7Termite Journal 2017.1 No.1677(n=9)は, 全て前兵隊に分化した。一方, ドーパミン受容体アンタゴニストを注入した個体(n=20)は, 13個体が前兵隊に分化し, 残りの7個体は4齢に脱皮した。これらの個体について, 撮影した動画をもとに, 雌雄の生殖虫とのグルーミングと栄養交換頻度, 歩行活動量(シャーレ上の十字線を横断した回数)を比較した。その結果, 雌雄の生殖虫に対するグルーミング頻度と歩行活動量は, 処理間で有意な差は見られなかった。しかし, 雌雄の生殖虫から受ける栄養交換の頻度は, ドーパミン受容体アンタゴニストの注入で4齢に脱皮予定のNo.1において, コントロールより有意に低かった(図5)。これらの結果から, No.1が示す生殖虫との頻繁な栄養交換行動は, ドーパミンによって制御される可能性が考えられた。すなわち, No.1は脱皮後にドーパミン生合成遺伝子が高発現することにより脳内ドーパミン量が上昇し, 生殖虫からの栄養交換頻度が増加することで, 前兵隊への分化が決定されると考えられる。さらに, ドーパミン生合成遺伝子の発現量の上昇は, JH生合成遺伝子(JHAMTやCYP15A1)の発現量の上昇(図3)に先行して生じていた。そのため筆者らは, 脳内ドーパミン量の上昇により栄養交換行動が制御され, 生殖虫から受け渡される物質を取り込むことにより, JH生合成遺伝子の発現量が上昇するのではないかと考えている。7. 膜翅目の防衛カーストの分化との共通性 社会性昆虫のカースト分化には, 個体間コミュニケーションを介した物質の授受を介し, 高栄養状態に応答した体内JH量の上昇が必要である。セイヨウミツバチにおけるロイヤルゼリーによる女王の分化は, その好例である43)。職蟻に多型が見られるいくつかのアリでは, 大職蟻(体サイズがより大きい個体)と呼ばれるサブカーストが存在し, 巣の防衛などの役割を担う。このような大職蟻の分化には, 栄養状態に応答した体内JH量の上昇が必要である44-45)。例えば, オオズアリ属(Pheidole属)の数種において, 幼虫に対するJHの塗布により大職蟻への分化が生じることが確かめられている46)。大職蟻が進化した適応的な意義としては, コロニーの発達に伴って生じる巣の防衛のコストを軽減することが推測されている47)。実際に, ヒラズオオアリCamponotus(Colobopsis)nipponicusの初期巣では, 大職蟻の出現は巣の発達の早い段階で起こる48)。これらの事実は, 機能的に(シロアリの場合は形態的にも)巣を防衛するカーストの分化機構は, アリjaponicaでは, 職蟻の脳内ドーパミン量が巣仲間との栄養交換頻度と関係する41)。これらの報告は, 昆虫のドーパミンが, 種特異的な行動を制御する重要因子であることを示している。したがって, No.1が示す生殖虫との頻繁な栄養交換行動が, ドーパミンによって制御される可能性も考えられる。そこで筆者らは, No.1とNo.2の脳内ドーパミン量の測定と, ドーパミン合成および代謝遺伝子の発現解析, ドーパミン受容体アンタゴニストを用いた行動解析を遂行し, この仮説を検証した42)。 まず, No.1とNo.2の脱皮後0日目と3日目の個体を解剖して脳を取り出し, 脳内ドーパミン量およびN−アセチルドーパミン量の測定を試みた。各アミン量の測定は, 高速液体クロマトグラフィーにより分離後, 電気検出器を用いて行った。その結果, No.1は脱皮後0日目より3日目の脳内ドーパミン量が有意に多かったが, No.2は0日目と3日目で有意な差は見られなかった(図4b)。一方で, 脳内N−アセチルドーパミン量は, No.1では0日目と3日目で有意な差は見られなかったが, No.2では0日目よりも3日目の方が有意に多かった。次に, ドーパミン合成および代謝遺伝子の発現解析を行った。No.1とNo.2の脱皮後0日目から5日目までを2日ごとに回収して, トータルRNA抽出とcDNA合成を行い, リアルタイム定量PCR法にて各遺伝子の発現解析を行った。対象としたのは, 上述のドーパミン合成および代謝にかかわる3遺伝子(TH, DDC, NAT)である。その結果, ドーパミン合成の最終ステップで働くDDCは, No.1の脱皮後0−1日目に高発現したのに対し, No.2では脱皮後4−5日目に発現量が上昇した(図4c)。一方, ドーパミンの代謝ステップに働くNatは, No.1では脱皮後の時間経過に伴って発現量が低下したが, No.2では発現量の低下は確認されなかった。 最後に, No.1から前兵隊への分化におけるドーパミンの機能を推測するために, ドーパミン受容体アンタゴニストを用いた解析を行った。No.1の脱皮後1日目の個体に, ドーパミン受容体アンタゴニストcis-(Z)-Flupentixiol(1nM, 100 pM)あるいはコントロール(DDW, 32.2 nL)を注入した。溶液を注入されたNo.1は, 雌雄の生殖虫と共に同じシャーレに入れて飼育し, 前兵隊あるいは4齢に脱皮するまで観察した。No.1の行動を後で観察するために, 各シャーレを1日40分間ずつ(計5日間)ビデオで撮影した。まず, 脱皮後の形態を観察した結果, DDWを注入した個体

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