しろありNo.175
27/41

産業技術総合研究所 小口 晃平など様々なカーストが存在している7)。これらのカーストは, 役割に特化した形態的な特徴を持ち, 特有の行動パターンを示す。このような各カーストへの分化は, 巣仲間同士のコミュニケーションによって制御され, 発生の過程で劇的に形態変化が起こり, カーストの数や比率が適切に維持されていると考えられてきた。しかしながら, どのような個体間相互作用によって, どのように個体の生理状態が変わることによってカースト運命が決まるのか, その仕組みについては, 断片的であり統合的な理解が進んでいなかった。そこで本稿では, 筆者らがオオシロアリを用いた一連の研究で明らかとしてきたシロアリのカースト分化の仕組みについて紹介したい。23Abstract of Doctor Thesis1. はじめに 単独性生活から社会性への進化は, 単細胞性から多細胞性への進化と並び, 生物史における重大なイベントであると言われている1)。社会性生物の中でもシロアリやミツバチ, アリなどの示す「真社会性」は「共同保育」・「世代の重複」・「繁殖分業」という3つの特徴によって定義づけられる2)。このうち, 繁殖個体と繁殖せず労働に従事する不妊個体(不妊カースト)の間で行われる「繁殖分業」は, 真社会性に特有の性質であり, その進化はダーウィン以来様々な生物学者を魅了してきた。しかしながら, 多くの真社会性をもつ動物種において, 不妊カーストも卵巣や精巣などの繁殖器官を持っており, 場合によっては繁殖カーストへと分化することができる3)。では, どのような仕組みによって, 不妊カーストから繁殖カーストへの分化が制御されているのだろうか?その仕組みの多くが謎に包まれていた。 社会性昆虫の中でもシロアリ(ゴキブリ目シロアリ上科)は特に複雑巨大で, 非常に調和の取れた社会を形成する4)。さらに, その発生の仕組みや社会の仕組みはミツバチやアリなどの社会性ハチ目昆虫とは大きく異なる。ハチ目昆虫は, 卵から孵化しウジ様の幼虫期そして蛹を経て成虫となる完全変態昆虫であるため, 幼虫や蛹の時期には労働などの社会の維持にあまり関与しない5)。一方, シロアリは不完全変態昆虫であり, 孵化後の幼虫は発達した翅や複眼を持たないものの成虫と似たような形態を示す6)。そのため, シロアリは幼虫の時期から働き手として社会の維持に貢献している。また, ハチ目昆虫のオスは繁殖期にのみしか出現せず社会の維持には関与しないが, シロアリでは常に雌雄の個体が巣内に同居している。このことから, シロアリの繁殖分業の仕組みは社会性ハチ目昆虫と異なることが予想されるが, その仕組みはよく知られていない。 シロアリの巣には, 王や女王などの繁殖カーストや繁殖せずに労働を担うワーカー, 巣の防衛を行う兵隊2. 材料種であるオオシロアリ 日本には20種を超える種類のシロアリが生息するが, 筆者および筆者の所属していた研究室(現・東京大学三崎臨海実験所 三浦研究室)では, 長らくオオシロアリ Hodotermopsis sjostedtiを研究材料として用いてきた。オオシロアリは日本では主に南西諸島に分布し, 筆者らは鹿児島県屋久島にて採集を行ってきた。多くのシロアリが朽木内に生息するのと同様に, オオシロアリも倒木などの朽木内に巨大な巣を作っている。 オオシロアリを主な材料としてきた理由は大きく2つある。一つ目に「オオシロアリ」という名の通り, 本種が非常に巨大である点が挙げられる。巨大であるということはそれだけ解剖や行動の観察が容易であり, 生態学的な調査だけでなく, 組織形態学, 発生学的そして生理学的な解析においてアドバンテージとなる。そのため, これまでに数多くの研究が蓄積されてきた種である8,9,10)。二つ目の理由は, 詳しくは後述するが, 繁殖カーストの一つ「補充生殖虫」への分化を人為的に誘導することができるという点である。 オオシロアリのコロニーには, 他のシロアリ種と同様に様々なカーストが存在する(図1)11)。本種のコロ 博士論文抄録オオシロアリにおける繁殖分業の制御機構

元のページ  ../index.html#27

このブックを見る