しろありNo.175
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 このようなカースト特異的な生殖腺発達は, どのような仕組みで制御されているのだろうか?これまでにシロアリでは, ワーカーや他のカーストなど巣仲間同士の何らかのコミュニケーションを介し, ワーカーの体内で生理変化が起こることで, カーストが分化すると予想されている15)。では, どのようなコミュニケーションを介し, どのようにワーカーの生理状態を変化させることで, 生殖腺発達ならびにカースト分化が制御されるのだろうか? 図3 カースト・性比を操作した飼育実験の概要。(A)作製したコロニーの組成。(B)雌雄のワーカーが補充生殖虫に分化した割合。で飼育し, その後のワーカーのカースト分化を観察した(図3)18) 。野外調査を行うと, 採集したコロニーの多くが一次生殖虫ではなく補充生殖虫に置き換わったコロニーであった。そのため, 一次生殖虫が存在するコロニーを見つけ出し, 一次生殖虫を大量に採集し実験に用いることは困難であった。また多くの場合, 補充生殖虫は一つのコロニーから複数個体採集できるため, 実験には補充生殖虫を使用し, その効果を検証した。観察の結果, オスまたはメスの補充生殖虫と同居した同性のワーカーが補充生殖虫へと分化する割合が低下する傾向が観察された(図3B)。一方で, 補充生殖虫がオスまたはメス単独の場合, 同居した異性のワーカーの脱皮速度が速くなり, 補充生殖虫分化する割合が上昇する傾向を示した(図3B)。さらに, コロニー内の生殖虫が異性のワーカーの補充生殖虫分化を促進する効果は, オス生殖虫によるメス補充生殖虫への分化促進効果の方が, メス生殖虫による促進効果よりも大きいことが明らかとなった。これまでの野外調査により本種のコロニーでは, 巣内の補充生殖虫の性比が, 雌に強く偏ることが知られている19)。よって, オス生殖虫がメスの補充生殖虫分化を強く促進する効果は, メスの繁殖個体の割合を高めることで, 産卵数を増やし, コロニーの拡大に寄与する生態学的な意義があると推測される。25254. 雌雄の生殖虫によるカースト分化の操作 この疑問を解消するために, 筆者が注目したのが「補充生殖虫」とよばれる繁殖カーストである。先に紹介したように, シロアリのコロニーは一次生殖虫のペアが営巣することではじまり, 一次生殖虫が生涯繁殖し続けることでコロニーが成長する7)。その後, 一次生殖虫が死亡するとワーカーの一部が「補充生殖虫」へと分化し, 巣内での繁殖の役割を引き継ぐ16)。このようにシロアリの巣内では生殖虫の在/不在に応じカースト分化が制御されており, 生殖虫不在時に引き起こる補充生殖虫分化は, 繁殖分業を維持する上で重要な仕組みであると考えられる。これまでに, この補充生殖虫の分化では, 一次生殖虫が同性のワーカーの補充生殖虫分化を抑制するだけでなく, 異性の生殖虫が補充生殖虫分化を促進すると考えられてきた17)。この補充生殖虫分化の制御は, Lüscher (1961)17によるコロニーの継時的な観察から予測されてきたが, 実際にその効果について詳しく検証をした例は少なかった。そこで, 雌雄の生殖虫がどのようにしてワーカーの補充生殖虫分化を抑制あるいは促進するのかを検証するために, ワーカーを雌雄の生殖虫の存在/不在下5. カースト分化を制御する個体間相互作用 上述までで紹介した雌雄の生殖虫の在/不在によって制御される補充生殖虫分化は, 生殖虫とワーカーのどのようなコミュニケーションによって行われているのだろうか?シロアリのカースト分化の制御には, カーストから発せられる揮発性の成分「フェロモン」

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