しろありNo.175
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2626や口移し等で餌を受け渡す栄養交換行動が重要であると考えられてきた20), 21)。そこで, 本種の補充生殖虫分化は揮発性のフェロモンを介しているか, あるいは栄養交換等による接触を伴うのかを明らかにするために, 揮発性物質のみ行き来できる金網を用いた実験を行なった18)。その結果, 生殖虫によるワーカーの補充生殖虫分化の促進や抑制の効果は金網により妨げられる傾向が観察された(図4)。そのため, 生殖虫は揮発性成分ではなく, 物理的な接触を介してワーカーのカースト分化を制御していることが示唆された(図4B)。では, 具体的にどのような行動によりカースト分化が制御されているかを明らかにするために, 雌雄の補充生殖虫と同居させた際のワーカーの行動を観察した。その結果, 栄養交換等の行動は観察されず, 生殖虫が同居する異性のワーカーから体表を掃除する行動「グルーミング」を頻繁に受ける傾向にあることが観察された。これらの結果をまとめると, 本種の補充生殖虫分化は, グルーミングなどの直接接触を介して制御されることが示唆された。このグルーミングによって生殖虫からワーカーへ渡される物質とは何か? 特にオス生殖虫によるメスの補充生殖虫分化を促進する物質を特定することができれば, 本種のコロニーの拡大を食い止め, 防除などの応用も可能かもしれない。現在, その物質を特定するために更なる解析に取り組んでいる。図4 金網を用いた操作実験 (A)作製したコロニーの概要。(B) ワーカーが補充生殖虫に分化した割合。より, ワーカーの体内で生理変化が引き起こされ, カースト分化運命が決まると考えられている15)。特に昆虫の脱皮や変態を制御する因子の一つ「幼若ホルモン(JH)」が, シロアリのカースト決定において重要な役割を果たすことが知られてきた9)。そのため, この補充生殖虫分化の制御でも, 雌雄の生殖虫がコミュニケーションを介してワーカーのJH濃度を変化させる仕組みがあると予想される。そこで雌雄の生殖虫と同居させた際のワーカーの体内のJH濃度の動態について実験や分析を行った22)。その結果, オス生殖虫のみ存在下では, メスワーカーのJH濃度が低いままでいる傾向が観察された。一方でメス生殖虫は, メスワーカーのJH濃度を高め, 脱皮までの期間を延ばすことで補充生殖虫分化を妨げることが示唆された。さらにオス生殖虫のみ存在下であってもJH類似体を投与すると, 脱皮までの期間が伸び, 補充生殖虫への形態変化や卵巣発達が阻害された。つまり補充生殖虫分化は, 雌雄の生殖虫の存在によってワーカー体内のJH濃度が変動することで制御されていることが示された。 以上までの結果から, 本種の補充生殖虫分化は, 雌雄の生殖虫がグルーミングなどの直接接触によりワーカーとのコミュニケーションを介し, ワーカーの体内の生理環境(JH濃度)を性特異的に操作することで巧妙に制御されることが明らかとなった(図5)。近年, 様々なシロアリ種において, オオシロアリと同様に, 雌雄の生殖虫が性特異的に補充生殖虫分化を促進または抑制する仕組みが報告されはじめている23)。そのため, 補充生殖虫分化を取り巻く雌雄の関わりは, シロ6. 補充生殖虫分化を引き起こす生理変化 シロアリでは, 巣仲間同士のコミュニケーションに

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