Research Topics46における台湾総督府研究所の技師であった小泉 丹 氏である。小泉による英文記載論文3)以降, 研究者の間ではイエシロアリの後腸内には副基体門に属するPseudotrichonympha grassii, Holomastigotoides hartmanni, およびSpirotrichonympha leidyiという3属3種の原生生物のみが分布しているという考えが長年受け入れられてきた。そのため, これまでのほとんどの研究はイエシロアリの腸内にはこれら3種の原生生物が共生しているという前提で進められてきたのだが, 近年になってイエシロアリ後腸内原生生物の再分類が行われている。イエシロアリ腸内原生生物組成の新旧対照表を表1に示す。 2017年にはまず, Spirotrichonympha leidyiの学名がCononympha leidyiに改められた。実は, すでに2000年にはイエシロアリのS. leidyiがヤマトシロアリ属(Reticulitermes)のシロアリに共生するSpirotrichonympha属原生生物とは分子系統学的に異なることが理化学研究所の大熊らによって指摘されていた4)。もともとSpirotrichonympha属のタイプ種はヤマトシロアリ属のR. lucifugusに共生する原生生物S. flagellataである5)。しかし, 筆者(Gile)らの研究グループはミゾガシラシロアリ科のHeterotermes aureusに共生するSpirotrichonympha様の形態をした原生生物が分子系統学的にヤマトシロアリ属に共生するSpirotrichonympha属原生生物とは大きくかけ離れており, それらに由来する配列が他のHeterotermes属やイエシロアリ属(Coptotermes)シロアリの腸内に由来する配列と単系統群を形成することを明らかにした6)。この単系統群の中には, イエシロアリのS. leidyiも含まれていた。小泉の英文論文には, 最初に日本語でイエシロアリの原生生物を記載した際にはS. leidyiを新属新種のCononympha leidyiと記載していたが7), 英語に翻訳するに当たってGrasiiによるS. flagellataに関する記載と本種との類似性を再考し, Spirotrichonympha leidyiに改めたことが述べられている3)。そこで, このような経緯と本種の分子系統学的・形態的特徴を踏まえ, 琉球大学熱帯生物圏研究センター 徳田 岳アリゾナ州立大学生命科学部 Gillian GILE研究トピックスイエシロアリの共生原生生物の再分類1. はじめに 古い話から始めて恐縮だが, 筆者の一人(徳田)は学部生/修士大学院生であった頃, 電子顕微鏡を用いてシロアリ消化管の微細構造を調べていた。しかし, 次第に当時の国内外の研究に影響され, もっと直接的な方法でシロアリの木材消化について研究してみたいと思うようになり, それがきっかけで今に至っている。当時, 海外ではシドニー大学のMichael Slaytor博士のグループがシロアリによるセルロース消化の研究を牽引しており1), 国内ではまだ学位取得前の新進気鋭の若手研究者がイエシロアリ(Coptotermes formosanus)によるセルロース分解の仕組みについての研究論文を次々と発表していた。それが, 故・吉村剛先生であった。吉村先生によるイエシロアリ後腸内の各種原生生物による木材分解の研究は繊細かつ緻密であり, 原生生物がセルロースの重合度に依存した木材分解の役割分担を行っていることなどを次々と発見されていた。これらは飼育実験や摂食実験に顕微鏡観察や生化学実験を組み合わせたものであり, 現在流行のメタゲノム解析やトランスクリプトーム解析といった遺伝子配列情報だけではなかなか洞察することのできない生命現象を入念に解き明かしたものであった。当時の詳しい研究紹介は別の機会に譲るが, 興味のある方は是非京都大学のリポジトリで公開されている吉村先生の博士論文とその引用文献をご覧いただきたい2)。本稿では吉村先生を偲び, 先生が生前興味を持たれていたイエシロアリの原生生物について, 最近の再分類に関する研究トピックスを紹介したい。2. イエシロアリの腸内原生生物の再分類 下等シロアリは後腸内におびただしい数の原生生物を保有しており, それらは系統的に副基体門(Parabasalia)の原生生物とプレアクソスティラ門(Preaxostyla)のうちオキシモナス目(Oxymonadida)に属する原生生物とに大別される。イエシロアリの腸内原生生物を世界で最初に記載したのは, 日本占領下
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