1212れていた防蟻コンクリートの信頼するに足らざるを立證し得た」37)として, 従来の防蟻対策とは異なるアプローチで, 木材等の耐蟻性や効果的な防除方法に関する研究が積み重ねられることとなった。 そこで, 栗山技師が注目したのが耐蟻性の高い建築材の選定と環境設定であった。まず前者について, 同技師は, もともとシロアリ被害が多発していた台湾の建築物のほぼすべてで内地産の木材が使用されていたことに注目した。そして台湾においては, 内地産木材のシロアリ被害の状況についての実験が行われ, そこでは, 日本内地産木材では, 建築用材として使用されることが少ない槇が唯一シロアリに非常に強く, ほとんど害を受けないことが判明した。一方, 台湾の木材については, 紅檜・香杉・槇・楠木が最もシロアリに対して抵抗力があるとされ, この結果は全部で34種類, 1020本の試験木を使用して1年間を通して行った実験により見い出されたものであった。ただ, 上記4種のうち槇や楠木は小さく, 建築材としては不向きであることから, 耐蟻性を兼ね備えた建築用材としては紅檜・香杉が効果的と位置付けられることとなった。 一方, 後者については先述の実験で判明したイエシロアリの習性やその後に行われたイエシロアリの営巣状況等の調査結果を踏まえて見出されることとなった38)。 そして, 湿ったレンガや石, コンクリート等に接する木材は防蟻性を有する木材でなければならない点, さらには建築物だけでなく敷地内にシロアリの蟻の有無を調査するとともに, 万一巣が見つかった場合は, 速やかに駆除する。そして木の切り株や木杭等のシロアリが巣を作りそうな場所を極力減らし, 敷地内に巣を作る余地を与えないようにすることで, 建築物も安全に保てるとされた39)。同研究により建築物がシロアリに侵害されないようにするためには建築の構造と材料を良く考慮するとともに, 防蟻の要点を踏まえて設計・工事施工することの重要性について見出されることとなった40)。 以上のイエシロアリ研究と, 各種実験で判明した結果を通して, 栗山技師は従来の防蟻対策に対して, より台湾で多くの被害を出していたイエシロイアリへの効果的な防蟻対策を提唱するに至った。 具体的には, 栗山技師は当初シロアリに対して有効とされた「防蟻コンクリート」を採用しつつも, それに加えて, 防蟻性が高い建築材の選定とシロアリ被害を最小限に止めるための建築物周辺の環境整備の重要性を指摘し, それらを組み合わせた効果的な防蟻対策を見出したと言える。このように, 物理的防禦と耕種的防除を組み合わせた防蟻対策が有効として栗山技師が指摘していた点は, 従来の防蟻対策では指摘されていなかった点であり, 同技師の功績として大いに注目できる点である。 同技師によって採用された防蟻のための方針は, その後の日本統治時代において大きく変更されることなくシロアリ対策の柱とされるとともに, 戦後の台湾においても, 同対策の基本的方針として継承されることとなった。5. おわりに ここまで戦前の台湾で開発され, 住居建築に取り入れられた防蟻対策について, その概要と役割について明らかにしてきた。ここで明らかにできたことは大きく次の3点である。まず1点目は戦前の台湾の家屋建築で広く採用された「防蟻コンクリート」の概要と普及に至った歴史的経緯である。 2点目は, シロアリ対策として推奨された「防蟻コンクリート」の存在や白蟻対策のための取組や防蟻方法が, 台湾の地理的特徴や当時の台湾の状況を踏まえて採用された画期的な技術であり, 同技術は日本内地では見られない台湾独自のものであった点である。 3点目は, 日本統治時代の台湾において効果的な防蟻対策の策定に携わった技師の存在があった点である。具体的には台湾総督府の栗山俊一技師によって詳細な防蟻を目的とした研究実験が行われ, 同実験結果を踏まえて, 「防蟻コンクリート」の課題を克服し, より台湾において効果的な防蟻対策が見出されることとなった。 ただし本稿では明らかにできなかった点も少なくない。 まず本稿で取り上げた戦前の台湾で培われた防蟻のための方法や技術, さらには経験が同時期の日本内地や, 台湾以外の日本外地とされた地域に如何に伝わっていたのかあるいは伝わらなかったのかという, 技術や経験の伝播の有無については分析することが出来なかった。さらには同時代の朝鮮や満州といった場所における家屋建築の特徴や採用されたシロアリ対策のための技術や工法の特徴等についても, ここでは明らかにすることができなかった。これらの点については, 今後の研究で明らかにしていきたいと考える。
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