Termite Journal 2023.7 No.18025図1 アルゼンチンアリの働きアリの写真。図中のバーは1mmを表す。1. はじめに 航海技術の発達により大陸間の移動が可能になって以降, 生物が生息域外へ逸出する機会が増大した。このような生物種は外来種と称され, 1960年代から在来生物, 人間活動への悪影響が問題視されている1)。一方で, 生息域外へ逸出した外来種のすべてが逸出先で定着する(以降, 侵入成功)ことが可能というわけでなく, 高い確率で侵入成功し, 世界的な分布を拡大させる種もいれば, 侵入成功の確率が低い種も存在する。 外来種の侵入成功にとってどのような形質が重要であるのかは外来種問題の主要な命題とされ2), 多くの研究者が究明に努めてきた。これまで, 侵入成功にとって重要な形質の究明に関しては, 侵入成功の程度が異なる種間の形質比較といった研究手法が典型的であった。ただし, このような種間比較は「種の違い」という要因を排除できないまま形質の違いを議論してしまうことになり, 侵入成功にかかわる形質のみを抽出することが困難であった。これは言い換えれば, ある外来種のうち, 同種ではあるが種内で独立した集団を形成し, それぞれ侵入成功の程度が異なるような種であれば「種の違い」を排除した形質比較が可能であることを意味する。2. アルゼンチンアリ アルゼンチンアリLinepithema humile (Mayr)は南米を原産とする「世界の侵略的外来種ワースト100」の一種である3)(図1)。本種は逸出先のあらゆる地域で侵入成功しており, 現在では南極大陸を除くすべての大陸に定着している。通常, アリ類は生殖を担う女王アリと, その娘である多数の働きアリによってコロニーを形成し, 同種であってもコロニー間は非協力的であり, 働きアリ同士が対峙すれば敵対的な行動を示す。一方, アルゼンチンアリのコロニーは互いに協力的であり, 複数のコロニーから成る大規模なユニット:スーパーコロニーを形成する4-6)。ただし, 同種のコロニーであれば分け隔てなく協力的な関係を築くわけで国立研究開発法人 国立環境研究所 瀬古祐吾はなく, スーパーコロニーを形成するか否かは, ある程度遺伝的に規定される。具体的には, アルゼンチンアリはスーパーコロニーごとにミトコンドリアDNAのCOI-COIIおよびCytochrome-b遺伝子に固有のハプロタイプが存在し, コロニーごとに共有するハプロタイプが同一である場合のみスーパーコロニーとして振る舞うことが知られている7)。他方, ハプロタイプを共有しないコロニー同士はアリ類に普遍的な敵対行動が観察される。このような性質を有することで, 同一のハプロタイプを有する本種のコロニー同士は空間的に分断されていたとしても敵対関係は変化しない。3. スーパーコロニーごとに侵入成功の程度は異なる 2000年代から2010年ごろにかけ, 多くの研究者が世界各地の侵入地における本種の遺伝構造を調査した結果, ヨーロッパやオーストラリア, 北アメリカ, 日本といった地域のアルゼンチンアリはLH1と名付けられたハプロタイプを共有することが判明し, 全球規模のスーパーコロニーを形成していることが判明した4-6, 8, 9)(図2)。事実, アメリカやヨーロッパ, 日本に定着するLH1ハプロタイプを有する本種の働きアリを対峙させた結果, それら働きアリ同士は敵対せ研究トピックスResearch Topicsアルゼンチンアリのスーパーコロニー間における侵入成功と食性幅の関係"Differences in the invasion success among the Argentine ant supercolonies are associated with diet breadth"
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